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ALIVE【果物籠】

第10章 声に出さないまま


「あ、おかえり」

「ただいま。それで?誰からの電話?」


外は余程冷えていたのか、由希の鼻の頭は赤く染っていた。
背負った鞄を下ろし、微笑みを張り付けつつも、逃がさないとでも言うかのように逸らされないそれに、ひまりは心の中で怖気付いた。
シルバーグレイの瞳は、しっかりとひまりを捕らえている。


「紫呉が今日、帰り遅くなるって。その電話だよ」

「……で?」


上げていた口端を下げる。長い睫毛を一度伏せて、上を向く。再度シルバーグレイに映された。
隠せない、か。敏い彼の事だ。見透かされてるのだろう。すぐに思いつく嘘も、それを考える時間もない。
観念したひまりは肩を竦めて降参のポーズを取りながら「慊人からの呼び出し」と微苦笑を浮かべた。
由希の表情は一瞬にして堅くなる。眉を顰め「いつ」と問うた。


「今はまだ体調が悪いみたいで。とりあえず来月頭、の予定」


彼女の言葉に、脳の奥が焼けるようだった。横抱きにされ、ぐったりと紅野に体を預けていた依鈴が蘇る。
今の慊人は、危険すぎる。
関わって欲しくない、関わって欲しくないのに。
物の怪憑きは、手綱を引かれればその意に応えるしかない。
抗いようがないのだ。抗った所で、手綱に食い込んだ皮膚が裂け、傷を広げていくだけ。そして抗った分、不興を買う。
行くな。なんて軽々しく言える物ではない。

由希は握りこぶしと奥歯に力を込めた。
目を細め、その視線は斜め下を向いている。


「考えてること顔に出すぎ」


ふはっ。ひまりがその場の雰囲気には溶けない笑い声をあげた。色素の薄い茶髪が揺れ、邪魔になったそれを耳にかける。


「大丈夫だよ。リンの一件があった分、はとりも目を光らせてくれてると思うし、大丈夫だよ。きっと」

「いや……俺も、行くよ」


へ?吐息と共に気の抜けた声が出る。ひまりにとっては予想外の提案だった。
その言葉を耳朶から脳内を通して処理をする前に、折った人差し指を顎に添えた由希が、引き続き言葉を続ける。


「だから俺もその日、ついて行くって。はとりに診察してもらうって事なら、俺が本家にいることが慊人にバレても大丈夫だと思うし」


こちらの肯定を待たずして、進められる話に戸惑う。いや、彼のこの様子だと、肯定以外の返事は無いに等しいのだろう。
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