第10章 声に出さないまま
三十分程で帰ってきたありさ達は「無事に犯人確保ーっ」やら「戦に勝利したースッキリー」などと声を揃えていたが、肝心のペーパーフラワーは誰の手にも持たれておらず、ハテナを浮かべたひまりが詳細を問う。
「犯人捕まえたら、どうしてもこの花をくれーって言うからよー」
「代わりに作ってくださると仰ってくださいまして、事件解決となりましたっ」
「腹が減っては……戦が出来ぬ」
「いや、それ終わってから言うもんじゃねーから」
ありさが咲に突っ込んでから、「よっしゃ帰んぞー」と透と咲の肩を軽くたたく。
どうやら透達はファミレスに寄るようで、ひまりもそれに誘われたが断った。
紙の花を手に、隣で気怠げに立つ夾を見上げる。
「帰ろっか」その言葉に「お」という短い返事が返ってくる。
全部盗られたって事は、由希に劣らず夾もモテんのね。隣を歩く整った横顔を見ながら、ペラペラと花びらを弄ぶ。いつの日か、他の誰かに花を手渡す彼の姿を想像すらしたくなかった。
たった一秒でも、今の時間が惜しくて。
廊下に電話の呼び鈴が鳴り響いた。
紫呉は仕事で家を空けていて、由希は生徒会のメンバーと食事に行くとやらで不在。夾は入浴中だ。
洗い物中の手を止めて、小走りで電話の元へ向かう。
時刻は午後八時を回ったところだ。この時間には珍しいと首を傾げながら受話器を上げた。
『もしもーし、あ、ひまり?良かったーガーディアンズじゃなくて』
「紫呉?何か急用?」
『まぁ、急用と言えば急用なんだけどね。体調優れないみたいだから、はーさんは来月の頭以降にしろって言ってるんだけど』
後に続いた言葉に、は、と吐息が漏れた。廊下は冷える、がソレとは別の冷たさが全身に這いまわった。
会いたくない。依鈴の事件があってからは、体調を崩しているとかで、紫呉もまともに会ってないと聞いていた。
「じゃぁ、来月の頭で……」
『了解ー。じゃぁそう伝えておくね。今日はちょっと帰るの遅くなりそうだから、戸締りしっかりね』
不通音が耳朶に響く。ギュッと目を閉じ、ゆっくりと受話器を置いた。
何を言われるのだろうか。ゾクリと這うそれに、細長い息を吐いて落ち着かせながら、電話を見つめていた。
「……誰から?」
背後の声に振り返る。ただいま、と由希が微笑んでいた。