第10章 声に出さないまま
ずるりずるり。いつから伸ばされていたか分からない程の長い髪。
足首にまで達しているソレを揺らしながら歩く。
真っ黒な髪に、真っ黒な長いキャミソールワンピース。その肩には、鮮やかな紅の着物が羽織られていた。
長いそれらと共に、楝は女中を引き連れて廊下を進む。
艶のある唇が、ニタリと弧を描いていた。
「ふふ……お体の調子はいかがですか?慊人さん」
我が子に向けるには、余りにも冷酷な嘲笑。
部屋ではとりに寄りかかっていた慊人は、実母の登場に嫌悪感を包み隠そうともしない。
怨嗟が滲む低い声で罵倒をし始める。
「薄汚い女が何しに来た。お前なんかいらないっ、消えろ……今すぐ僕の前から消えろっ、失せろっ!!」
「あらあら。そんな見苦しい姿を見せると、十二支の皆さんに愛想を尽かされるんじゃありません?」
ねぇ、はとり?楝はねっとりとした目線をはとりに向けた。女の目だった。
慊人はその目線を遮るように、立ち上がってはとりの前に出た。
クスクスクスクス。楝は余裕の無い慊人に口元を隠して、上品に嗤う。
「そういえば……未だに"絆"だの"永遠"だの、下らない妄想に現を抜かしているそうですねぇ?ふふっ、憐れだこと」
「……黙れ」
「風の噂で聞きましたけど、依鈴ちゃん……絆、無くなっちゃったみたいねぇ」
「黙れ」
「だから言いませんでした?愚かな妄想だと。永遠の絆で結ばれてるなんて妄想に付き合わされて、十二支の皆が可哀想で可哀想で」
「黙れッッ!!!!」
「慊人!!」
飛び掛かろうとした慊人に、はとりは後ろから抱き締めて止めた。
そんな我が子の姿を、嘲笑う。
「だから言ったでしょうっ。馬鹿馬鹿しいっ。時期に壊れるわ!下らない絆も!お前も!鼠の紛い物が崩壊への象徴だって教えてあげたじゃないっ。ほんと良いザマねっ」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ」
怨恨を瞳に宿した慊人が今にも飛び掛かりそうなのを見て、女中たちが焦りながら楝に退室を促し始める。
背を向け、連れ出されながらも、肩越しに慊人を見ながら楝は笑っていた。
「最後に勝つのは私よっ。お前は私に、這いつくばって詫びることになるわ!その時は約束通り、草摩を出てって貰うわよ!」
扉が閉められた後も、不快なほどの高笑いが響いていた。
「ふざけるなっ、黙れっ、黙れっ」