第10章 声に出さないまま
少女は特別な存在として産まれた。
皆から愛されることを約束された、頂点に立つ存在。
少女は永遠に続く"絆"を信じていた。父親の昌から何度も聞かされていたからだ。
君は愛されることを約束された、特別な存在なのだよ。皆が君を求め、愛し、離れることの出来ない"絆"で結ばれているのだから。
お前の未来には寂しさも、恐れも何もないよ。あるのは変わらぬ"絆"……不変だけだ。
永遠を約束された、選ばれた神様としての存在。
そう、教えられていたのに、ひとつの疑問が産まれる。
――それならば何故、僕は母様に愛されていないの?
少女は母親の楝からの愛情を受け取った事が無い。
男として生きていけと命じられ、遵守しているのに、だ。
抱き上げてもらったことも無ければ、笑顔を向けられた記憶もない。
楝は、昌に愛される少女に嫉妬し、嫌厭していたのだ。
皆から愛されると約束されている筈なのに。少女は違和感を覚える。
少女の中に存在する器に溜めた、穢れの無い透明な水に一滴の黒を垂らされた。
少女の父親が死んだ日。その最期を看取ったのは少女だった。
父親が一番大好きだった。母親と違っていつも優しく、愛情をくれる。だから父に一番に愛されているのは自分だと、信じて疑わなかった。
だが、少女はまた不安と違和感を感じる。
楝に一番に喜んで欲しかった。慊人が"特別な存在"だったということは、僕と楝が特別だったという証だろう?僕の愛おしい楝……。
父親の最期の言葉だった。
自分という存在は、父様とあの女の絆を証明する為の道具だったに過ぎないのか。
自分が愛されていた訳では無かったのだと、悟った。
酷く水が濁っていく。黒く、深く。
十二支の存在だけが救いだった。遠い昔に約束された、永遠に離れることの出来ない絆に縋った。
それだけで安心した。
"自分"という存在を、無条件で愛してくれる存在。
それなのに。
何の前触れもなく酉の絆が消え去った。
永遠に続く筈なのに。何故解けてしまうのか。
紅野の、少女を見る目が変わった。少女の存在等もう必要ない、と。そう言うような目だった。
少女の未来には、孤独も恐れも何もないと約束された筈なのに。これでは未来には孤独しか待っていない。
どうすれば愛されるのか。その愛が保証されるのか。
水が黒く染まっていった。底が見えぬ程に。