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ALIVE【果物籠】

第10章 声に出さないまま


「寒いならココ、空いてますよー」


ひまりは震える彼の左手を取り、オーバーサイズになっているジャケットのポケットへと突っ込んだ。身長差で夾の体が傾く。
寒さのせいか、照れのせいか。夾は頬と鼻を染めて不服そうな半眼の目を向ける。低い、歩き辛い。そんな文句を零しながら。


「わがまま言わなーい」


ケラケラと笑うひまりをジト目で睨みつけ、ポケットの中で繋いだ手をギュッと握りしめて、ジャケットごと上へ上げる。
背筋が伸びて歩きやすくなった姿勢でひまりを見下ろし、ニヤリと口端をあげた。
すると今度はひまりが不服な顔で夾を睨みつける。
ジャケットが歪に形を変えて、隙間が空いた裾から冷えた空気が入ってくるからだ。


「ちょっと。寒いんですけど。すーすーするんですけど」

「わがまま言わないでくださーい」

「ちょっ。ほんとそういうとこっ。性格悪いっ。鬼畜猫っ!」

「うるせー。はよ歩けー」


くくっと喉を鳴らし、オレンジの頭を振ってから、薄い茶色に積もる雪を払ってやる。
ポケットの中で、冷えた指を絡めて手を繋ぎなおした。
コンクリートが濃く染まった道の上を、高低差のある肩が並んで歩いていく。
時折響く笑い声が、白い結晶に色を付けていくようだった。

消えても貴方が覚えていてくれるのなら。今ある事実を忘れないでいてくれるのなら。無意味にするなと言ってくれたことに、どうか甘えさせて欲しい。

細々と舞い落ちる雪は、染みの上に折り重なって、姿を変えて消えていく。

怖い。寂しい。つらい。それでいて、幸せだった。


理想の世界 続けと願う 希望に満ちた日常で
声の限り叫んでも 戻らない時に嘆いて


脳裏に流れた曲のフレーズに、また鼻の奥が痛んで息を止める。

嘆くのは終わった後にいくらでも出来る。
消えても事実が残せるのなら。無意味にするなと言ってくれたから。
今を大切にしたい。


「ねぇ夾。暖かくなったら出掛けよう!」

「ンだよ。またクソ鼠達と」「んーん、二人で!」


ニッ。ひまりは歯を見せていた。夾は目を見開いて僅かな動揺を見せた後、頬を人差し指で掻きながら「……どこ、行きたい?」と無愛想に聞いた。


「景色が、綺麗な場所」


二人で共有したという事実を残せるなら、何処だって。
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