第10章 声に出さないまま
降り出したのは雫ではなく、白い結晶。
鼻の頭を赤くさせていたひまりは、感嘆の声をあげて手のひらに受け止める。
小さな結晶は手のひらの上で、すぐに雫へと形を変えた。
「雨じゃないよ、雪っ。はーつゆきー」
「どーりで寒ぃ訳か……」
「やっぱ寒いんかい」
ひまりがトンと肩を叩くと、バツが悪そうに片目を細める。
「うるせっ」
「つよがり」
「だーまーれー。家帰ンだろ。さっさと行くぞ」
落ちてくる雪を手のひらに受け止め続ける少女が大きな瞳を寄越した。首を傾げている。
「戻らなくていいの?」
「お前送ったら戻る」
「あー。サボる気だー」
非難の声を上げつつも、大きな瞳を細め、口元は弧を描いていた。彼女の頭に乗った雪を払って「休憩中。だからさっさと歩け」と道の先に人差し指を向けた。
雪がコンクリートに舞い降り、雫へと姿を変えて染みを作っていく。
そうやって染みが広がっていく道の上を、二人肩を並べて歩いていく。
「雪、積もるかな」
「この程度じゃ積もンねーだろ」
「そっかー綺麗なのになぁ……」
「まぁ、綺麗は綺麗だな」
けど儚いよね。ひまりが舞い降りる雪を掴み、手を開くとやはり白が透明へと変わっている。
水になってしまったそれを見つめる。どれだけ綺麗でも、すぐに消えてなくなってしまう。
積もった所で、春を迎えればまるでそこに何も無かったかのように、姿を消す。
無意味な物のように思えた。睫毛を伏せ、手のひらに馴染んで消えてしまった雪を握りしめる。
「結局溶けちゃうんだったらさー、最初から雨のままで良いと思わない?」
「あ?俺はザーザー雨に打たれるよりマシだけどな」
「ふふっ、確かに。でも雪っていう存在が無意味な気がして」
はらりはらりと降る結晶は綺麗だった。夾と見る景色に白が散りばめられて、僅かな光に反射して輝く。刹那の輝きに胸が苦しくなる。
「別に溶けようが消えようが、今見てる景色も、綺麗だって俺と共有した事実も無くなんねーだろ」
無意味にすんなよ。夾は胸の前で腕を組んで肩を縮こまらせてぶるりと震える。
ひまりは泣きそうになった。ツンと鼻の奥が痛む。きっと鼻の頭を染めただろう。寒さで既に染まっていた事で、夾にはバレることはなかった。