第10章 声に出さないまま
果たして、もしも全員の呪いが解けたとして、本当に"解放"に繋がるんだろうか。
解けることで、本当に幽閉の運命が変わるのだろうか。
ひまりは空を見上げた。冷たい風が頬を掠め、髪を弄ぶようにして通り過ぎていく。
あと二ヶ月弱。それを過ぎれば猫憑きの離れは取り壊される。
そうなれば夾が幽閉されることはない。
でもきっと私は…。
解けた所で、賭けが無効になることはきっとない。むしろ慊人の執着心を助長させるだけだろう。
賭けに勝つ以外に自由への道は用意されていない。
「紫呉…」
「リンちゃん、解けたらしいね」
口元だけで微笑む紫呉が立っていた。
何故、知っているのか。ひまりが眉を顰めると、その意を汲み取ったかのように「酉…。あぁ、"酉だった"彼がリンちゃんを抱き上げて運んでたって聞いたからね」とまた口元だけで弧を描く。
「まって…紅野も…解けてるの?」
「あれ?知らなかった?ひまりは知ってるのかと思ってたけど」
確かに依鈴が病院に運ばれた日。紅野が抱き上げていた。
依鈴の呪いが解けているのならばその状況に辻褄が合わない。彼も物の怪憑きから解放されていないと説明がつかない。
じゃぁ、本当に解け始めてる…。
ひまりは服の裾をギュッと握りしめた。"希望"を握り潰して紫呉に問う。
「紫呉は…全員の呪いが解けるのが、いつか知ってるの?」
「いや、僕にもそれは分かりませんね。なんせ彼が解けたのって十年前らしいしね」
「じゅう…ねん…」
こんなにも遠い。
また空を仰ぐ。太陽が雲に隠され、辺りを僅かに薄暗くさせる。
嘲笑に似た風が耳を撫で、ピアスを冷やし、痛み始めた。
「ひまり、君は何かを隠してないかい?」
「…例えば?」
「慊人さんとの秘密事…とか」
ひまりは笑顔を張り付けて首を横に振る。「そんな物があるなら、慊人から聞いてるでしょ」いつもの声音を乗せて言った。
「間違った足掻きは、身を滅ぼすよ」
いつになく真剣な目に見られ、一瞬の怯みの後にまた笑顔を張り付けた。
肝に銘じておきます。そう言いながらダークグレーの瞳に追われながら通り過ぎる。
それなら誰一人身を滅ぼさず、自由になれる方法を教えてよ。喉まで出かかった言葉を無理やり飲み込んでまた空を仰いだ。
未だに陽は雲の中にあった。