第10章 声に出さないまま
問われた。
お前の愛おしいひまりの両目を潰すか、お前が猫憑きの離れに閉じ込められるか。どっちにする?と。
物の怪が体の中に存在していた頃のような、抗えない程の恐怖は一切無かった。
でも、恐ろしかった。異常に見開かれた目が。雰囲気が。得体の知れない化け物のようで恐ろしかった。
慊人はきっと躊躇しない。実際にはとりの目を片方潰しているのだ。
抗えない。あの子を傷つけられるのだけは耐えられない。
ごめんね。ひまり。でもきっと、アタシが解放されたってことは、いつか解放の日が来ると思うから。
縛り付ける物も無くなるから。自由になれるから。
夢か現実か。朦朧とする意識の中で、ひまりの泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。
泣かないで。大丈夫だから。大好き、大好きだよひまり。
依鈴が入院してから、一週間を少し過ぎた日。紫呉の家に一本の知らせの電話が入った。
依鈴の退院が、半強制的に決まったのだと。
どうやら入院中、早く退院させろと暴れ、手が付けられなかったらしい。
本人希望で完全面会拒否していたこともあり、病院側も頭を抱えていたそうで、自宅で療養という形を取った方が、彼女にとっても落ち着けるだろう。と半分厄介払いのような形で退院になったそうだ。
本家に戻るのも嫌だと暴れそうだった依鈴を、引き取ると申し出たのは藉真。
納得した依鈴を迎えに行った藉真からの連絡だった。
知らせを聞いたひまりは、一目散に家を飛び出した。上着を羽織らなかった彼女に肩を竦め、その上着を手に由希が後を追いかけていく。
追いかけながら、何度か上着を着ろと叫ぶが「平気」と嬉々とした声が返ってくるだけだった。
「リン!!」
玄関扉を開け、開口一番に叫んだ。帰宅してまだ間もないのか、廊下で荷物を持ったまま驚く依鈴がそこに立っていた。
「ひまり…なんで…」
「私が連絡を入れたんだよ。依鈴の事、心配していたからね」
にっこりと微笑む藉真が、依鈴から荷物を取りゆっくり話しておいで。と奥の部屋に消えていった。まだ療養が必要だから無理は禁物だよ。と語尾に付け加えて。
唇を噛んだまま、眉を顰めて目を真っ赤にしているが、すんでの所で耐えるひまり。
依鈴は肩を竦めながら微苦笑を浮かべ、その手を引いて廊下を歩み始めた。