第10章 声に出さないまま
ひまり。
大事で愛おしくて。大好きなひまり。
結ばれなくても、それでもいいんだ。慊人に縛られない世界でずっと笑っていてくれたら、それで良かったんだ。
―――ねぇもしかしてお前、ひまりが好きなの?物の怪憑きってだけでも凄く気持ち悪いのに。ほんとお前…気持ち悪いね。
どう言われようが、嘲笑されようがひまりが幸せならそれで良かった。
―――ごめんねリン。ひまりを連れて草摩を出るの。
―――知ってるよ。師範と話してるの聞いちゃったから。ねぇ、アタシもひまりを見守らせて。絶対に会わないから。だからお願い…アタシにもひまりを守らせて。絶対に何があっても守るから
遠くから見守っていた。ずっと、お母さんが亡くなった後もずっと。
あの子は外で暮らしていくんだと思ってた。
それなのにあの日。戻ってきたんだ。ひまりが。草摩の輪の中に。呪いから解放されていると思っていたあの子が。まるで未だに縛り付けられているかのように。戻ってきた。
もう解放される方法を探すしかないと思って、探して探して、必死になって探して、見つからなくて。
連れ出すしかないと思った。逃げて、遠くで暮らして。
でもいざ、そうしようとすると足が竦む。見えない鎖で繋がれているかのようで、結局は連れ出してやれなかった。
そして道行く人たちが分厚い衣に身を包み、今年ももう残るイベントはクリスマスだけだね。なんて会話がされ始めたころ。
不思議な感覚だった。急に、何の前触れもなく。草摩本家の書物を読み漁っていた時。体からスッと気配が消えて。ポッカリ穴が開いたようで。
嬉しくて、寂しくて。涙でぼやけている筈の視界が、大きく開けた気がした。
あぁ、いける。これならいける。もう足枷も何もない。ひまりを連れてドコへだっていける。
アタシはもう何者にも囚われていないのだから。
―――依鈴…?
瞠目し、真っ青になった慊人が立っていた。
何で?どこに行くの?ねぇ、何処にもいかないで。そんな事を言い続ける慊人を前に、この人間にアタシの何を縛れるというんだろうか、という感情まで芽生えた。
だから告げてしまったのだ。
もうアタシは囚われの身じゃない、ひまりを連れてココを出ていく、と。
逆鱗に触れてしまったのだ。