第10章 声に出さないまま
閉じ込められてたらしい。潑春の言葉に、由希は顔を歪め、紅葉は目を細める。
ひまりは、へ?と抜けたような声を上げたのちに、零れ落ちそうなほどに見開かれた眼球に水の膜を張り始めた。
遠くから聞こえる救急車のサイレン音。
紅野は依鈴を抱き上げたまま、門を出ていく。
閉じ込められてた。譫言のように呟くひまりを由希が落ち着かせようと、彼女の頬に両手を置いて何かを語りかけている。
潑春はそのまま説明を続けた。
何か嫌な予感がして、本家に依鈴を探しに来た時に、依鈴を抱き上げる紅野に出会ったのだと。
紅野の話によると、依鈴は慊人の手で閉じ込められていたと言うのだ。
あまり食事を取っていない状態だったらしく、あのままだと危険だったと。
「アキト、が?」
「うん。慊人、けっこう御乱心みたいで。今、向こうに近寄んない方がいいって。とり兄が落ち着かせてるらしい」
「リン、どこに…閉じ込められてたの」
紅葉の質問に潑春は押し黙った。唇を噛み締めるような仕草の後、重い口をゆっくり開く。
―――猫憑きの離れ
言葉を聞いて、ひまりは目を見開いた。
何故?リンには関係の無い場所の筈だ。あんなにもやせ細り、顔色は白い紙のようで、長く綺麗な黒髪が雑に切られていた。
何故?あの場所はもう取り壊す場所では無かったのか?ふざけるな。
リンを閉じ込めていた?いつから?あれ程に弱った姿を見ても何も感じなかったのか?ふざけるな。沸き上がるものが抑えられない。
慊人の部屋がある方向を睨みつける。ギチリと歯列を鳴らした。
ふざけるな。
声帯を引き千切る勢いで怒声をあげた。ガッシリと掴まれた腕と肩は、絶対に離すものかとでも言われているかのようにグッと力を入れられ、痛みを伴っている。
由希と潑春の声が遠くに聞こえる。とりあえず今すぐ慊人の所へ行かせてくれ、と声をあげるが叶わない。
叶わないのだ。何があっても守ると言ってくれたリンの手を取らなかった事への罰だろうか。
四肢が力を無くし、崩れ落ちるように座り込んだ。
溢れる涙と嗚咽が止まらない。
どうせ慊人の元へ行ったところで何もできない。神様には抗えないのだから。
無力なのだ。こんなにも、無力。
泣き出しそうな空の下。
ひまりのあげた声はあまりにも弱く、湿気を含んだ重たい空気中に響き渡ることはなかった。