第10章 声に出さないまま
身を切るような寒さだった。空はどんよりとした雲が覆いはじめ、嫌な予感を増幅させられる。
上着も羽織らぬ体を、風が容赦なく吹き付けてくる。顔が痛い。耳も、手も。肩を揺らし、肺が悲鳴をあげていた。
並木道を走り抜け、大きな門をくぐり、膝に手を置いて呼吸を整えながら辺りを見回す。
いない。由希も潑春も。
唾を飲み込み、また走り出そうとしたひまりは誰かに腕を掴まれハッと後ろを振り向いた。
「ひまり?どうして本家にいるの?何かあったの?」
ハッハッと白い息を短く吐き出すひまりが、僅かに目線を上げる。
心配そうに眉尻を下げた紅葉の顔があった。
「ゆ、き…と春、見てない?」
「ユキとハルならひまりの所にいたんじゃないの?」
「急、に、出てい、って…」
不安が押し寄せる。ここに居ないなら他に検討がつかない。
不穏な空気を漂わせ、忙しなく辺りを見回すひまりに紅葉自身もザワついた心の内を表情に滲ませ始めた。
あ…。か細い声を上げてひまりの視線が一点を見つめる。その瞳は大きく見開かれ小刻みに揺れた。
落ち着いていた呼吸が再度、ハッハッと短く白い息を作り、掴んだ腕が小刻みに震えていた。
紅葉も瞠目する。
紅野と由希と潑春。そして紅野の腕に横抱きで抱かれた少女。だらりと垂れさがった腕は細枝のようだった。
あ、あ…。と言葉にならない声を上げ始めるひまり。
紅葉は彼女を掴む腕を離すまいと力を込め、小さな肩をもう片方の手で掴む。
彼女の中の何かが、暴れ出しそうな気がして。
白装束を身にまとう少女は、その魅力のひとつでもある艶のある長い黒髪が、肩辺りで粗雑に切り落とされていた。
意識が無いのか、紅野に身を預けて瞳を閉じている。
ひまりにとって大切な人間の、変わり果てた姿。
ひまりと紅葉に気が付いた由希と潑春が、彼女の異常な雰囲気に、動揺の色を残しつつも血相を変えて駆け寄ってくる。
が、ひまりは由希と潑春に気付いていないのか、ただただ紅野に抱かれる依鈴を見ていた。
「ひまり?」
由希がひまりに声を掛けるが、やはり反応が無く視線も合わない。
問いかけに答えないひまりの代わりに、紅葉が二人に何があったのか、と紅野と依鈴を見つめたまま聞いた。