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ALIVE【果物籠】

第10章 声に出さないまま


ドクン…。心臓が一度、大きく波打つ。
アイツにそれを押し付けたのは…俺たち?


「ねぇ?思い出してみてよ?初めてひまりに出会った日。希望に似た光の感情を彼女に抱かなかった?『この子がいてくれて良かった』って思わなかった?まぁ、そこまで明確な言葉が浮かんだわけじゃないけど。…良かったよねぇ?たまたま由希君が産まれた日が一緒で。鼠が助けてくれなかったら僕達は希望を失って解放されることは無かッ…」


夾は机に片足を乗せて紫呉の胸ぐらを掴み上げていた。
砕けそうな程に歯噛みし、拳は紫呉の着物を引き千切りそうな程に握られ、殺気を帯びた眼光を突き刺しながら、歯の隙間から漏れる息を震わせている。

それでも、怒りに任せて手を出すことも、怒声を浴びせることもなかった。


「…それは、誰に対しての怒り?」


色の無い表情と声音で静かに問われた。

確かにひまりに初めて会った日。世界に色がついた気がした。ただの思い違いだと、今の今まで忘れていたが。
ひまりが居なくなった日も。
世界から色が消えて、絶望の淵に立たされたような感覚だった。
あれが…。あの時の感情が全て、自分が助かりたいから湧き上がってきたものだったとでもいうのだろうか。

わからない。この怒りは、目の前の現実を突き付けてきている男に対してのものなのか。それともこの呪いに対してか。自分自身に対してか。

わからない。全てが当て嵌まるようで、全てが的外れのようだった。

爆発寸前だった感情は少しずつ鎮静化していくのに、腕に込めた力だけが抜けずにいる夾の手の上に、紫呉がポンと手を置く。


「まぁ、全て僕の憶測…。信じろと強制するつもりは毛頭ないけど。解放はされるよ。近いうちに、ね」

「…ひまり以外の…十二支だけが、か」

「うーん、それもただの僕の憶測だけど。ひまりも、この奇妙な体質からは解放されるんだと思いますよ?多分、ひまりが物の怪憑きとして産まれたのは不測の事態だったんでしょうから」


紫呉は見目の良い笑顔を張り付けている。だがやはり、感情は籠ってないように思えた。
夾は紫呉の手を跳ねのけるように胸ぐらを放し、歯噛みした歯列をギシリと鳴らす。

彼女の足元に深淵を作ったのが俺達だと言うのなら、果たして十二支側に、出来る手立てはあるのだろうか。
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