第10章 声に出さないまま
「お前に聞きたいことがある」
「えー?僕の質問の答えはぁ?」
間延びした声音だが、好戦的に細めた瞳で机を挟んだ向かい側へと腰を下ろした紫呉は、着物の袖から取り出した煙草に火をつけ、まずは一吸い。煙を肺に入れた。
ニヒルな笑顔と鋭い視線がぶつかり合う重苦しい空気の中、赤い光から出る白い煙だけが、軽いその身を自由に揺らめかせていた。
「…で?何が聞きたいんです?」
二吸い目。フィルターを通した煙を細く吐き出し、トントン、と煙草で灰皿を叩く。
余裕の表情に苛立ちを覚えつつ、煽られるなと言い聞かせながら夾は口を開いた。
「慊人は何でひまりをあそこまで嫌忌してんだ?アイツだけおかしいだろ。異例とはいえ鼠だ。神様のお気に入りになるはずだろ」
「やぁーっとひまりの秘密教えて貰えたのー?良かったねー夾君っ」
「…話を逸らすな」
分かりやすく顔を歪める夾を前にしても、紫呉は弧を描いた口元を崩さない。
三吸い目を吸ったのと同時に、まだ長いそれを灰皿へと押し付ける。くしゃりと歪に変形した先から名残惜しそうに僅かな煙を上げて消えた。
「ねぇ、夾君はひまりが何故、僕たち十二支相手でも変身するだと思う?何故、リンだけがその対象外になっているんだと思う?」
口端は未だに上がったままだった。夾は持ち出された話の意図を読もうと見据えるが分からない。
捻くれた男の事だ。この話の場を攪拌したいだけ、のような気もするが、こういう頭を使う探り合いが苦手な夾は素直に言葉を返すしかなかった。
「こっちが聞きてぇよ。そんなもん」
「僕、草摩にある書物はほとんど読破してるんだけどね、ひまりのような存在は無かったんだよ。一度も。それっておかしいと思わない?何百年もの歴史の中で"一度も"物の怪が被ったことがないんだよ。十二支が欠けていることはあってもね」
「…それが何なんだよ」
紫呉がフッと笑って夾を見据えた。深いダークグレーの瞳は何もかもを見透かし、深く落とされそうな感覚になる。
「十二支が全て揃ったこと。そして"異端"が産まれたこと。今回の宴は今までとは違う。終焉。幕引き。ひまりは"偶然"産まれた訳じゃない。"必然"だったんだよ」
瞬きも無いダークグレーを前に、夾は瞠目し喉に何かがつっかえたように言葉を発せなかった。