第10章 声に出さないまま
「むしろ…褒めて欲しいんだけど…耐えた事」
居間で頬杖をつきながらぼやく潑春に、由希は「お前なぁ…」と呆れた目を向ける。
何となく経緯は分かるが、どうせ変身した原因はお前だろ。と半眼で潑春と同じように、由希は頬杖をついた。
「それは置いといて。…怪我、平気?」
潑春はゆるりと首を動かし、由希の額に目を向けた。
昨晩、十二支の宴の最中、当主に傷つけられたもの。
由希は、あぁ、とそれまで忘れていたかのような声をあげて怪我を覆う白いガーゼに手を当てた。
「大した事ないよ。はとりには頭を打ったのと同じ状態だから一応病院に行けとは言われたけど」
「…今から、行くの?」
「いや、一晩経って特に異常ないし、まぁ様子見…かな?こんな正月の最中に開いてる病院もないしね」
そう言って由希が肩を竦めた所へ、潑春は頭を置いた。今朝の状況が状況だ。あまり眠れなかったのだろう。「眠い」と、披露した大欠伸と共に、伸びた声音を漏らす。
自業自得だろ。由希はそう思いつつも、確かにひまりの裸体を前に耐えていたことに対しては多少評価してやっている節もあり、肩に置かれた頭をぞんざいに扱うことはしなかった。
「師範は?」瞳を閉じながら潑春が問う。本家に挨拶に行った。由希の返事に、そ。と短く返す。
僅かな沈黙の後、潑春は重たい頭をゆっくりと上げた。
軽くなったそこに目線を向けた由希は、何かを発しようとして、口を噤んで。二、三回程それを続ける彼に、眉根を寄せて首を傾ける。
「…なんだよ?」
「…俺らの、呪い…さぁ」
潑春はかち合わせていた視線を床に落とした。彼にしては珍しく言い淀む姿に、更に皺を濃く刻みながら次の言葉を待つ。
「解けんだって。…放っておいても。勝手に。その内」
由希は瞠目する。冗談とは受け取れない雰囲気に、眉根の皺を綺麗に伸ばして。
「何を、根拠に…?」
「……くれ兄」
「くれ、の?」
「くれ兄、もう、呪い…解けてんだって。もう崩壊し始めてんだって。俺らの。十二支の絆…ってやつ」
まさか。声にならなかった音が、由希の口腔内のみに留められた。潑春はちらりと一瞬だけ瞠目したままの由希を瞳に映す。
吃驚して情報処理が追いついてないであろう由希に配慮することなく、視線を床に戻した潑春は言葉を続けた。