第10章 声に出さないまま
温まった体から熱が逃げないように、大きな手に包み込まれたひまりは潑春の顔の高さまで移動させられた。
大きな瞳が鏡となって自分の醜い姿を映し出している。
あぁ、やっぱりこの姿は見たくない。
目を伏せたのと同時に頭を親指で撫でられる。毛並みに沿って優しく、何度も撫でられていた。
もう一度大きな瞳に目を向ける。穏やかに細められた…けれどやはりツラそうにも見える表情に戸惑う。
「忘れないで、俺との、年越し。それで、充分」
「…春?」
ふ、と笑った。痛々しく見える表情で、それでも穏やかに。
細枝のような指で彼の頬に両手を添える。温めてもらっていたひまりと違って、潑春の頰は冷え切っていて、小さな掌の体温は直ぐに奪われてしまう。
潑春はひまりの僅かな温もりを感じるように目を閉じる。
少し、安心していた。夾が幽閉されることに。
何と言われても良かった。彼の悲惨な運命の上に胡座をかいてた。
反吐は自分自身だ。だから藉真に言われたことに素直に両手放しで喜べなかった。
——— 心配しなくとも、その内呪いは解けるよ。もう壊れかけてるんだ。だから安心しなさい。
潑春は下唇の内側を噛む。
枷が無くなれば何処へだってきっと行ける。夾とひまりが共に生きて行くことだって。
ひまりが泣かない未来があるなら、それを一番に望む。これは本心。
「春…何かあっ」
「帰ろっか」
額を彼女の頭に擦り寄せて言葉を遮る。心配してくれているなら、安心させてやんない。受け入れる為の我儘。
「ねぇ!春!!」
「ん…?寒い?」
分かりやすく誤魔化す潑春に引くものかとでも言うかのように名を呼ぶひまりに、今戻ったら厄介だから、ちゃんとくっついてて。と小さな体を胸に引き寄せて拾った衣服を被せた。罪悪感に蓋をするように、不安げに見つめる彼女の顔を隠したのだった。
玄関の前でピタリと足を止める。先程からウンともスンとも言わない胸に抱く小さな彼女を、被せた衣服の隙間から確認する。
手のひらの中で丸まった体が、規則的に上下していた。
心配してた癖に。と肩を竦めるが、それと同時にまぁ仕方ないか、と納得する。
寒さに弱いネズミの体には、冷え切ったコンクリートは堪えたのだろう。
潑春の温かさの中で体力を取り戻すように眠りについていた。