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ALIVE【果物籠】

第10章 声に出さないまま


目の前に佇む大きな背中。潑春は今までも茶化すようにキスやらトンネル開通等と言ってくることは何度かあった。気にしたことも無かった。潑春は面白いことが好きだから。
その場のノリや面白半分で茶化してくるが、それを実行に移したことは無かった。


「あ…あけおめっ」


頬とはいえキスをされた。紅葉にされるのならまだ分かる。挨拶のようなものだから。いや、紅葉と一緒にいる潑春にとっても挨拶のようなものなのだろうか。
グワングワンと脳内で蠢く思考のお陰で、新年の挨拶の語尾が裏返る。
潑春は彼女の裏返った声に、前のめりになって堪えるように肩を小刻みに揺らし始めた。


「なに?今の、声」


肩越しにひまりに向けた顔は、彼にしては珍しく破顔させて口元を手で隠し笑う表情だった。
珍しい笑い顔と笑われたことへの恥ずかしさで顔を強張らせたままのひまりの目の前に、潑春は光を放つ液晶を突き出す。
画面に映るのは、面食らってポカンと口を開けてピースサインをするひまりと、その頬に唇を寄せる綺麗な横顔。
マヌケ面…。震える声で呟いたのはきっと笑いを堪えているからだろう。

ひまりは強張らせていた顔の筋肉を真ん中に寄せて怒りの表情を作り「やっぱりそういうことか!潑春コラァア!?」と日を跨いだばかりの夜中だというのに大声で怒鳴りつける。
既に彼の頭上より高く挙げられたスマホを見据え、画像消去という目的を遂行すべく跳ねまくった。
私の顔をネタにするつもりだろう、早く消せ。と数回飛び跳ねたが届かないそれに息を切らしながら、まるで小学生のような悪戯実行犯を睨みつけた。


「え、やだ。消さない」


いつの間にかすました顔に戻っている潑春は高いところから画面を下に向け、餌をちらつかせているかのような手つきで数回振った。
オマケにひまりのマヌケ顔が画面いっぱいに広がっている。ズームされているのだ。悪質だ。悪質極まりない。


ジリ、と砂利を踏み締め姿勢を低くし悪戯牛を睨んだ後にスマホを睨みつける。あの忌々しい画面を引き摺り下ろす為に全体重を潑春の腕にかけてやるつもりで思い切り地面を蹴った。

が、かわされた事で彼の胸に飛び込む形になってしまう。広げた両腕に強く抱き締められた。
同時に耳元に寄せられた唇から発せられた囁いた声は、変身の音に掻き消されて白い息と共に消えた。
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