第10章 声に出さないまま
——— それにね?ひまりはお前と一緒で幽閉になる身だよ?そんな女に何の価値があるんだい?
——— アイツを幽閉に…は、させない…
トボトボとよく知る道を歩く。キャッキャと身を寄せ合い大きな買い物袋を手に歩いてくるカップルの笑い声が酷く鼓膜に響いて眉根を寄せた。
——— 何それ?そんなにあの女がいいの?…ふふっ。じゃあさ、報われない恋をする愚かな化け物に僕が救いの手をさしのべてあげるよ。
胸の前で腕を組み、肩を縮こまらせて「さみ…」と呟くと、寒さを物理化させたように白い空気が宙に舞う。
——— お前と僕は賭けをしてるだろう?その賭けの条件を少し変えてあげるよ。…由希に勝てたら幽閉部屋…猫憑きの離れを壊すと約束してあげる。ほら、これで欠陥品のことも安心だろ?
ジャリ…と音を鳴らして足を止める。
俺が勝てば…、勝てばアイツを幽閉の運命から解き放ってやれる。
俺も、幽閉から解放される。ひまりを諦めなくても良くなる。
白い息を吐き出しながら歯噛みした。
出来るのか?本当に。由希に勝つことが。
いや、絶対に勝ってやる。何があっても絶対。
でも…本当に…。
不安と希望が入り混じる。
八割、いや九割諦めていた。"鼠に勝つ"ことを。
——— でも肝に銘じておくんだよ。お前は必ずあの欠陥品に裏切られる。あの女はお前を選ばない。
いや、違う。選ばれる為に解放してやりたい訳じゃ、ない。
それでも俺はお前を…。
大きく冷えた空気を吸い込んだ。
ひまり…会いたい。
「ちょっと!待ってってば!」
鼓膜に響いてきた心地の良い声。聞き間違うはずがない。
バッと顔を上げた。
「春歩くの早いんだって!!」
「ひまりが…遅い」
街路灯に照らされた二つの影。
潑春のマフラーを首に巻いて、小走りでその背を追いかけて、そして笑っている。
数メートル先で立ち竦む夾の姿に気付きもしないで、二人並んで目の前を横切って行った。
——— あの女はお前を選ばない。
現実を見せられたようで、組んでいた腕をだらりと落として藉真の家へと向かっていた道を引き返す。
「…さみ」
もうすぐ年が明ける。
トボトボと歩き始めた夾は、また胸の前で腕を組んで肩を縮こまらせた。
白い息は宙に留まる事なく細く伸びて消えた。