第10章 声に出さないまま
非難の言葉を無視してひまりのダウンジャケットを前に突き出した。
いや、話聞けや。睨みつけているのを無視してハイ。とアウターを着やすいように広げる牛に果たして耳は付いているのだろうか。
オマケにこちらの返事も聞かずに散歩に行く事が確定しているようだ。
外出の予定がなかったひまりは完全なる部屋着。上下裏起毛のスウェットを着ている。
寒いし着替えるの面倒くさいから行かない。ひまりはそう答えたが、どうやら本当に耳が馬鹿になっているらしい彼はジャケットを無理矢理着せてくる。
ただの散歩だから大丈夫。と意味不明な牛理論を展開して。
「いやいや何処行くの。こんな時間に」
「……徘徊?」
「物騒な単語やめようか。このまま家でぬくぬく希望なんですが?」
やっぱり牛の耳は馬鹿になっている。
潑春は無言でダウンジャケットのジッパーを首元まで上げて自身の首に巻いていたマフラーをひまりの首に巻き付けると「ヨシ」と何が良しなのかは分からないが、抵抗するひまりの手を引いて玄関まで歩き始めた。
因みに雑に巻かれたマフラーで顔の下半分が隠されている。
完全防備と言えば聞こえは良いが、部屋着にダウンジャケットに顔半分をマフラーで隠し、徘徊しに行く。不安しかない。
玄関にある時計を見ると十一時三十分を指している。
潑春は自身の靴を履き終えたところで一瞬両眉を上げて顎でひまりに靴を履くように促す。
ハァとため息を吐いてようやく観念し、その指示通りに靴を履いた。
外に出ると潑春が「さむっ」と言った息が白く染まり、勿体ぶるように留まって消えた。
「ねえ、こんな時間から何処行くの?」
「とりあえず、コンビニ」
「コンビニ?何しに行くの??」
隣を歩く潑春はひまりに目線だけを移し、また寒そうに肩を縮こまらせる。言葉は何も返して来なかった。
寒そうに肩を上げている彼に、マフラー返そうか?と、どうせ返ってくる答えは何となく分かっていたがとりあえず訊いた。
返事は予想通りだった。首を数回横に振るだけの返事。「風邪ひくよー」と言葉を返してもいつも通りのポーカーフェイスで返事すら無い。潑春らしいな。と、ふと頬が緩んだ。
夜空を見上げると無数の瞬く星。
その星に夾への想いを託す。
どうかひとりで寂しい時間を過ごしてませんように、と。