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ALIVE【果物籠】

第10章 声に出さないまま


ストーブが付いている居間とは違ってキッチンは冷える。
藉真が換気だと言って小窓を全開にし、換気扇を回しっぱなしにしているから尚更だ。
ひまりはブルッと身を震わせ、キンキンに冷えた保冷剤を冷凍庫から親指と人差し指で摘み上げ、近くに置いてある丸椅子に腰掛けた。
座面に片足を乗せ、熱を持ち青く変色し始めている膝に当てるとその温度差に「ひっ」と声が出る。


師範は私が物の怪憑きなことも、幽閉の事も知ってたんだ。ずっと前から…。


その事実を知ってもあまり驚かなかった。それよりも母親を悪者にしたくて、藉真からの話もただの母親の偽善なのだと思いたくて。
嫌な考えをしている。そんな事をしたってきっと心が軽くなるわけでも無いのに。

小窓のガラス部分に映る自身の顔を見つめる。毎朝見る顔。いつもと何ら変わりはない。
藉真が似てると言っていたこの顔は、本当に母親の面影があるのだろうか。母親の顔が分からない。鏡で毎朝この顔を見ているのに何かの引っかかりを感じた事は一度も無い。

非情だろうか。

ひまりは視線を天井に移し瞳を閉じる。顔は思い出せないのに産まなきゃ良かったと言われた声だけはハッキリと覚えている。
息を吐き出すような小さな掠れ声で、それでもハッキリと言葉は耳に届いたそれが、何かの呪いのように耳朶にへばりついて離れてくれない。

何度も耳の奥でリピートされ続ける言葉に自然と頭が重くなる。重さに身を任せて後ろへと倒れて行く。
丸椅子には背持たれが無いことをすっかり忘れていた。支える物が何もないことに背筋がヒヤッと冷えて目をかっ開き、体勢を立て直そうと上げていた片足を前に出した所で後頭部が何かに支えられた。


「新しい度胸試し?それとも、寝てた?」


真上から覗き込んできた潑春のもみ上げが頬に当たる。「あ、あざーす」彼の手に支えられて事なきを得たことに礼を述べて元の位置まで体を戻したのだった。


「背もたれ無いの忘れてて」


恥ずかしさを誤魔化すように笑えば、目の前の牛は口元を片手で隠して斜め下に顔を向ける。


「笑うならちゃんと笑ってもらえる?」

「絶対笑ってはいけない…」

「いや、口を手で隠したら反則だから。チャーラー、潑春アウトぉって言われてるから」

「そうそう。散歩行こ」

「今のを放置もだいぶタチ悪いからね?」
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