第10章 声に出さないまま
「どうして近い場所で住むと?」
「遠くへと逃げる事も考えましたが…私の目が届かない時にあの子が草摩へ戻ることが容易に想像出来ました。十二支の血には抗えない…。…草摩の近くで…草摩の信用出来る人間に見張っててもらうのが一番だと考えました」
自分勝手な言い分をしているのは百も承知です。床についていた両手を白くなる程に握りしめる母親に、藉真は再度頭を上げてください。と肩に手を置く。それでも僅かに首を横に振り、彼女は床を見つめたままだった。
藁にもすがる思い…というのはこういう時に使うのだろうか。
「貴方に…。血は繋がって無いとはいえ、我が子が幽閉の運命を背負う貴方に…こんな事をお願いするのはどうかと思いますが…あの子を失いたく無いっ…明日にでも幽閉だと言われたらと思うと…っ」
ウッと言葉を詰まらせる彼女の肩を二、三度撫でる。
確かに血は繋がってないが、同じ子を持つ親として気持ちは痛い程に分かる。
「頭を…上げてください。夾と違って…ひまりの場合、前例がない分…慊人の気持ち次第で幽閉が早まる事もあり得るでしょう。私で良ければ、出来ることはさせて頂きます」
藉真の言葉に身を折ったまま何度も礼を述べた。
何処か不安を抱きつつも安堵したように笑う顔が、未だに脳裏に焼き付いて離れない。
「だから、草摩から出て行った後もひまりの母親に会っていたんだよ」
ひまりは下唇を噛み締めて藉真からの話を黙って聞き終える。
やっぱりそうだった。お母さんが私を大切に想っていたっていう話。
絶望とも希望とも言える複雑な感情が胸中で蠢く。
思い出す母の姿も、人から聞く母の話も、どれも一貫している。
ひまりを愛し大切に想っていたことばかり。
声を上げたいような、それでいて押し黙っていたいような…本当に自分自身の感情が理解出来なかった。
「ひまりは…お母さんの事忘れてしまってるのかい?」
優しい声音だったが、今のひまりにはその質問が責めているもののように思えて床に視線を置き、グッと眉を潜めて目を細めた。
"産まなきゃ良かった"と言われたのだと口にしようとした所で玄関扉が開く音が響いた。
「…あれ?なんか、大事な話の、途中だった?」
現れた潑春の姿に、出そうとした言葉を飲み込んで肩の力が僅かに抜けた。