第10章 声に出さないまま
ひまりの母親とは当時、すれ違い様に挨拶をする程度の仲だった。
道場に通うひまりを迎えに来た時に少し雑談をする事もあったが、仲が良いとは言い難い関係。
腰まである長い髪がとても綺麗で、上品な顔立ちは大人の女性そのものの空気を醸し出していた。
だが大口を開けてひまりと笑い合う姿は少女のようにあどけなかった。
突然家に訪ねてきた彼女は、白い肌から更に血の気を無くしたような顔で玄関先に立っていた。
綺麗だった長い髪は顎下で切り揃えられていることにも驚いた。
ただならぬ雰囲気に、迷わず家の中へと招き入れ温かいお茶を出したが、それに一切手を付けず見つめるだけ。
沈黙に耐えかねて「どうかなさいましたか?」と訊くと彼女はピクリと肩を震わせた後、重い口を開いた。
「ひまりは…あの子は将来…幽閉、されます」
「何、故…?…何故物の怪憑きでもないあの子が…そんな運命を背負っているのですか?」
「ひまりは、物の怪憑きです…」
十二支全てが揃っている筈なのにそれはあり得ない…。藉真が答えると彼女は目に涙を浮かべたままひまりのことを話し始めた。
幽閉だと言うことを先程慊人から聞かされたのだということも。
驚きのあまり息が止まる。
ひまりが二人目の"鼠"だということもだが、夾以外に幽閉の運命を背負う子がいることに胸が締め付けられた。
ひまりは話しているうちに少し落ち着きを取り戻したのか、大きく息を吸い込み藉真をしっかりと見据えた。
その瞳にはもう涙は浮かんでおらず、芯のある強い母の目をしていた。
「…草摩を出ます、あの子と。以前慊人さんにひまりが閉じ込められた時から少しずつ準備はしていました。…数日後に出て行きます」
「でも…出るにしても物の怪憑きであるなら…ひまりは…」
「ええ。間違いなく"神様"の元へ戻りたがるでしょうね」
だからこそ、貴方にお願いをしに来ました。机から少し離れた彼女は正座のまま藉真に向かって深々と頭を下げる。
そんな…頭を上げてください。と止める藉真の言葉には従わずに床に額をつけていた。
「住む場所は草摩から比較的近い場所です…ひまりが草摩に戻らないように…監視役をして頂けませんか?…ひまりを幽閉に…させたくない…っ」