第10章 声に出さないまま
「それってどういう…」
最後まで言葉を紡ぎ出さずに視線を落として思考を巡らせた。
藉真と母が定期的に会う理由が思いつかない。藉真と母はそんなに仲が良かったのだろうか?
そもそも疑問はまだある。草摩から逃げたにも関わらず定期的に藉真に会っていたこともそうだが、逃げた先のアパートが草摩の近くである事も不思議だ。
——— ずっと"見ていた"君が一番よーく分かってるでしょう?
紫呉が依鈴に言った言葉。あの時は意味が分からなかった。
一気に心拍数が上がり、息が詰まる。
握った拳が震えた。敢えて草摩本家の近くのアパートで、定期的に母と会っていて、ずっと近くで見てた?それじゃあまるで…
「…監視されてたんですか。私と母は」
非難混じりの声音を出してしまう。不信感が拭いきれない。
アパートが火事になった日、紫呉は"偶然"通りかかったのではなく、監視されていたからだったのだろうか?否定して欲しいのに、肯定側の辻褄が合っていく。
「そうだね…正しくはひまりを、だね」
「私…だけ?」
藉真はゆっくりと頷いた。母親から頼まれてたんだよ、と言葉を付け足して。
身の毛がよだつ。歯噛みしていないとカチカチと歯を鳴らしてしまいそうだった。意味が分からない。何の為に?監視を頼むくらいなら何故草摩から逃げ出したのか。今は亡き母の考えていたことが全く分からない。
ひまりの奥歯がカチッと音を鳴らした所で、藉真が困ったように微笑んだ。
「悪い風に捉えないで。監視…と言うよりはひまりを見守っていたんだよ」
草摩を出る数日前、ひまりの母親が私の所に訪ねてきたんだよ。真っ青な顔をしてね。藉真は両手を湯飲みに添えて中で揺らめくお茶を見つめていた。
濁った緑の中に、その時の記憶を映し出しているかのようにポツリ、ポツリと話し始める。
ひまりは一瞬、耳を塞いでしまおうかと悩んだ。また母親に苦しめられるのかと歯噛みする。
どうせならとことん悪者になってもらえてた方がきっと心は軽くなる。
私のせいじゃない、母が悪者だったからこそ"産まなきゃ良かった"と口走っただけなのだと自身を納得させられるから。
でも藉真が話そうとしているのは"悪者の母"の話ではない。
直感でそれが分かっているのに、耳を塞ぐ事も逃げ出す事も出来ないでいるのは何故だろうか。