第10章 声に出さないまま
苦手"だった"?
浮かんだ言葉に疑問が生じる。
自然と過去形にしていることが凄く不思議だった。
でもそれがずっと蹲って、立ち上がった時に足に血が通っていくようなそんな感覚で。
嫌ではなかった。
「…由希?」
「え…あ、うん…別に許す…許さないの問題じゃ、無いと思う」
驚いたように目を見開く慊人に、グッと腹に力が入る。やはりまだ恐怖心も緊張感もある。
それでも、逃げたくない。
「俺は、慊人に許して欲しい訳でも、ないんだ。立ち止まってしまう理由を慊人のせいにもしたくない。責任転嫁をしてあらゆる事に絶望するのはもう、辞めたんだ」
雲の切れ間から差し込んだ光を待つだけじゃなくて、あの光に出向けないのは足枷があるからだと誰かのせいにするでもなくて。
少しずつでも自分の足で進んで、自分の行く道を見据えて、そうやって
「なに?その目?ねぇ?僕を誰だと思ってるの?」
また愚弄するのかよ!?その言葉と同時に衝撃が走り、クラッと意識が宙を舞って何が何だか分からなかった。
楽羅や杞紗が「ヒッ」と僅かな悲鳴を上げ、慊人の叫ぶ声とその慊人を止めるような紅野の声を何処となく他人事のように聞いている。
鼻筋を通って顎先を伝う生暖かいものの感触で、何かで殴られて額が切れたんだなと推測して額に手を当てた。
ガラッ、バンッ
慊人が部屋を出ていくのと同時に由希の周りに十二支メンバーが集まる。
潑春がタオルで由希の額を押さえ、綾女が大袈裟に喚き散らすのを「ちょっと切っただけだから大丈夫」と落ち着かせるように呟いた。
足元を見ると割れた瓶底の破片に、これで殴られたのか、そりゃ切れるよね。とそれを見て何だか笑えた。
「いいから綾女、さっさと由希を連れて来い」
「了解だとりさん!!」
未だに少し震えてる。そう簡単には変わらないけど。
それでも苦手だったと自然に過去の事に出来ている自分は少しずつでもきっと前へと進めてる。
やっと、やっと血が通い始めたんだ。
だから慊人、ごめん。
君の元へと俺は還らない。このまま前に進むよ。
「あれぇ?春君もう帰っちゃうの?」
「うん…由希、大丈夫そうだったし、ひまりンとこに…抜け駆け」
「あ、抜け駆けって言っちゃうんだ?」
潑春は茶化すようにケラケラと笑う紫呉を「ま、そういうこと」と軽く流して出て行く。