第10章 声に出さないまま
得体の知れない焦燥感に駆られていた。
「…お前…何やってんの?」
半眼に開かれた瞳に顔を仰反ろうにも、彼の頬に当たった髪を掴まれていて逃げることが出来ない。
ヒュッと冷えた空気を吸い込んだ喉から出た掠れた声で「そん…なの…私が、聞きたい…」と呟く。
感情を抑えきれずにやってしまったことを後悔しつつも、この至近距離に胸が高鳴る。
お互いの吐息が唇にぶつかり熱が上がっていくのが分かる。
夾の目蓋が時間をかけて閉じ、ゆっくりと開いた。
「…あっそ」
素っ気ない返事とは裏腹に、ひまりの後頭部を包み込んだ骨張った手に力が込められ、引き寄せられる。
ひまりは目を見開いた。
確実に想いが伝わるような触れ合いに、それをすんなりと受け入れてしまっている自分に驚いた。
本当に触れるだけの一瞬の出来事。
離れた唇が、名残惜しいと思ってしまう。
熱を帯びた目で夾の瞳を見てしまう。
ひまりは忘れてはいけないことから目を背けた。
「…夾…何してんの…?」
「…ンなもん、俺が聞きてぇよ」
空気と共に吐き出すような掠れ声で言うのと同時に、また引き寄せられる。
今度は目を閉じた。
夾から感じる温もり以外の情報を全て取り除きたかった。
深く深く沈んで、引きずり込まれていくような感覚に怖くなり、彼の胸元に置いた手でギュッと服にシワを作れば、それに答えるように夾の手に力が込められ、反対の手は少し強引に顎から耳のラインに添えられる。
夜の静寂で耳が痛くなるほどに長く唇を重ねた。
何してるの?その問いかけにお互い明確には答えない。
お互いが、お互いの隣に長く居られないと思っているから。
通じ合った気持ちは明日には何事も無かったかのように消さなければならない。
あの会話はその暗黙の了解を表しているようだった。
歯止めの効かない感情を、今だけは許して欲しいと指を絡めて手を繋ぐ。
忘れてはいけないのに"幽閉"の事実から目を背け、お互いに一線を越えてしまった。
「寝れねーの?」
「いや、夾がお腹出して寝てたから」
「…どーりで寒ィと思った」
「三歳児に見えたよ」
「うるせぇ」
吐息が触れるほどに近い距離で見合いながらも、いつも通りの会話。
越えてしまった一線から元の位置に戻ろうと、ひまりと夾のせめてもの抵抗だった。