第10章 声に出さないまま
依鈴の居所が掴めないことから目を背けている。
藉真に母のことを聞くことにも躊躇している自分がいる。
夾への気持ちも、夾の気持ちにも背を向けて分からないフリをして。
目を閉じて、見ないようにしていることばかりだ。
得体の知れない焦燥感に駆られる。
何とかしなくちゃいけないのに、身動きが取れない。
真っ暗な部屋の中、足元に気をつけながらドアノブに手を掛ける。
廊下はヒヤリと冷たい空気が充満していて、自身の体を両手で抱きしめた。
トイレへ向かう途中で一階から玄関が開く音が聞こえ、マブダチトリオの飲み会から帰ってきた紫呉だろう。と足を進めようとしたがすぐに止めた。
以前、飲みに行って帰ってきた紫呉が酔いすぎて玄関でそのまま寝ていたことを思い出し、階段からチラリと下を覗く。
フラフラとしながらも居間へと歩いていく紫呉の後ろ姿に安堵して、トイレへと向かった。
目が冴えていて水を飲みにいくかどうか悩みながら、ふと目についた夾の部屋の扉が僅かに開いている。
開いたドアを閉めるために、冷えた足裏から少しでも体温を奪われないように爪先で歩き、隙間から見えた部屋の中の光景に絶句した。
夾は布団を蹴り飛ばし、腹を出して寝ている。
ブッと静寂の中で吹き出しそうになるのを堪え、ゆっくりと扉を開き忍び足で彼の隣にしゃがんで布団を胸元まで掛けてやる。
呼吸に合わせて胸を上下させている夾は、ひまりに布団を掛けられた所で目覚めぬほどに熟睡しているようだった。
時刻は夜中の一時をまわっている。
暗闇に慣れた視界ではハッキリではないものの、彼の顔立ちを見るには充分で、起きる気配がないのをいいことにジッと見つめる。
長い睫毛、スッと伸びた鼻筋に、僅かに開いた唇。
暗さのせいで深い灰色のように見える柔らかい髪。
全てに目を奪われて視線が縫い付けられる。
想いを通わせたい訳じゃない。
彼が欲しい訳でも、欲しがってほしい訳でもない。
なんて…そんなのただ自身に言い聞かせているだけだ。
言葉にしなくても"好きだ"と言われていることに目を背けているつもりでも、心の奥底では急速に成長する感情に…歯止めが効かない。
柔らかい髪にそっと触れた。そのまま枕の横に片手を置いて腰を折って、額に冷えた唇を落とす。
耳に掛けていた髪が重力に負けてサラリと落ち、夾の頬を優しく叩いた。