第10章 声に出さないまま
「…春?なんだそれ?」
「…へ?ふぁにが?」
コタツでぬくぬくと暖をとりながら、モッモッとミカンを口いっぱいに頬張っている潑春が小首を傾げる。
温度の感じられない冷酷な由希の鋭い視線を物ともせず、更にミカンを頬張る始末。
潑春の隣ではひまりが、机に突っ伏して小刻みに肩を揺らしている。
黒幕は絶対コイツだ。と由希は揺れる肩を睨みつけてから潑春に視線を戻した。
「何がじゃないだろ。どうして捨てたゴミをお前が着てるんだ…?」
「なんか…トンネル開通イベントに…必要な装備って聞いて…」
「あーっはっはっはっは!ひー!!無理!あはははは!」
机から顔を上げて天を仰ぎながら爆笑するひまりが、体を起こしたことによって潑春の着用しているものと合わせて"綾女"の文字が完成した。
潑春はすぐさまスマホを取り出し、内カメラで記念撮影をする。
画面に映るひまりは大口を開けて真上を向いているので、お世辞にも可愛いとは言えない写真が記録されたが、潑春は満足そうだった。
むしろ彼が望んでいるのは普通の写真ではなく面白い写真。
データフォルダの中にいる沢山あるであろうひまり写真は、きっとまともなモノなど一枚もないのだろう。
ひまりの隣に腰掛けている夾は、心底どうでもいいと呆れた半眼で頬杖をついて眺めている。
こういう時に、ひまりと共に腹を抱えて大爆笑するはずの紅葉の姿は無かった。
紅葉の父が経営を任されているオフィスビルの清掃アルバイトをしている透が、体調不良で出勤できないために急遽手伝いに出なければならないとのことだった。
現在不在の紫呉は、綾女を連れにきたはとりと共に家を出ていた。
マブダチトリオでクリスマスとか何とか言っていたが、まぁただの飲み会だろう。
綾女はドラキュラ姿で飲むのだろうか…とふと過ったはとりが不憫になる光景は、剥いたミカンの皮と一緒に捨て去った。
「…はい。では、ここでプレゼント交換…始めたいと思います」
「はぁ!?ンなもん聞いてねぇぞ?!」
「私も初耳なんですが…」
スマホの写真を確認しながらプレゼント交換等と言い始める潑春に、全員が怪訝な顔で彼を見つめた。
そんなことを気にも止めていない潑春は、持ってきていた大きな紙袋をゴソゴソと漁り始める。