第10章 声に出さないまま
「近寄んな!!帰れ!!」
聞こえてきた声は切羽詰まったような夾の声。
まだジョギングに出てから十分も経っていないのに…とキョトン顔のひまりだったが、次に聞こえてきた自信に満ち溢れる高らかな笑い声に瞬時にコタツの中へと身を隠す。
何故?!何故ヤツが!?とコタツの中で汗をダラダラと流していた。
いや、分かっている。クリスマスというイベントにテンションがあがり仮装でもして愛しの由希にプレゼントを渡しに来たのだろう。
その証拠に夾の喚き声の合間にシャンシャンと鈴の音が聞こえる。
間違いない。確実に仮装してきている。
「入ってくんなコラ!?帰れっつってんだろーが!?」
ひまりは由希を盾にする為に、由希側のコタツ布団から外の様子を伺う。
見上げた由希の顔は不快そうに引きつっていた。
「あれー?あーやぁ?」
唯一呑気なのは紫呉だけである。
ドタドタと足音を立てて逃げるように居間に入ってきた夾の後ろから入ってきたのは、光沢のある銀髪を靡かせた子供たちに夢とオモチャを与える…
「メリークリスマス!やぁやぁ諸君待たせたね!クリスマスという雰囲気に呑まれ陶酔した若い男女が一夜の過ちを犯してしまう…聖なる日だね!」
「それ聖なる日でも何でも無いし、…なんで兄さん吸血鬼なの?」
サンタクロースではなかった。
鈴まで鳴らしていたのだから、サンタだと信じて疑わなかったひまりはまさかの吸血鬼のコスプレに虚をつかれ、潜めていた息をブッと吹き出す。
やってしまった、と気付いた時にはもう遅く、綾女に覗き込まれていた。
「やぁ我が愛しき妹よ!姫は王子の膝元に身を委ねて暖を取っていたのかい!?冬とは人肌が恋しくなる季節だからねっ!!男女の愛を深くするにはもってこいの季節なのだよ!かの有名な新婚さんいらっし」
「いやなんで吸血鬼なの?」
のそりのそりとコタツから這い出たひまりは、また由希を盾にしてその背中越しから綾女に問いかける。
当たり前のようにコタツに足を入れて座る綾女の服装は、とてもクリスマスに相応しいものではない。
いつもは下ろしている前髪をオールバックにし、口元には牙。タキシードに裏地が赤のマントを着用している。
因みに手には鈴が持たれていて、サンタが持つ大きな白い袋も持って来ていたようだ。
明らかにキャラが混在していた。