第9章 ホダシ
珍しく早朝に目が覚めたにも関わらず、意識はハッキリとしている。
窓の外からは淡い薄明が僅かに差し込んできていて、肌寒さを感じて布団の中で身を捩った。
熱を帯びた目蓋が腫れて、目が開けにくい。
自然と半眼になる瞳で自身の周りを見回す。
規則正しい寝息を立てながら、彼方此方に足を向けている図体のデカイ男が四人。
頭をひまりの方に向けて取り囲むようにして眠っていた。
この光景を、鮮明に記憶していたかったがそれはきっと叶わないんだろう。
また目蓋が熱を帯びる。
ぼやけた視界が伸びてきた朝日で更に朧気になり、この瞬間を目に焼き付けることが出来なかった。
それでも自然と頬が綻んでいた。
朝食を終え、荷物を纏めた一行が老夫婦に礼を言って旅館を出る。
邦光にも帰ると挨拶すべきかと考えたが、目を赤くしたひまりを見た彼が心配する姿が目に浮かび、家に着いてから電話でも入れるか。と会わずに帰ることにしたのだった。
昨日あれほど土砂降りだった空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。
田舎独特の木や土の香りが空気に溶け込み、ひまり達の鼻腔を擽った。
「あっ…」
背後から聞こえた声に振り返れば、昨日の男達が荷物を抱えて立っていた。
朝イチに出ればひまり達に会わずに済むの思ったのだろうが、とんだ計算違いだったようで絶望の表情を浮かべて後退る。
由希、夾、潑春は勿論のこと、紅葉までもが殺気を帯びた瞳で睨みつける。
ひまりを背後に隠し、今にも殴りかかりそうな四人を前にひまりは口を開いた。
「…あのっ!」
男達に声を掛けながら、一歩踏み出す。
近付こうとするひまりを夾が手首を掴んで静止させるが、「大丈夫だから」と芯のある瞳で見上げられ、渋々手を離した。
ひまりの後ろでいつでも動けるようにと身構えながら見守る四人を背に、昨日自身を襲ってきた男達…首謀者であろうミルクティの男の目の前で足を止めた。
男は腫れた顔で怪訝な表情を作りつつ、ひまりを見据える。
「……なんだよ」
「貴方達にとって……貴方にとって私は、何をしてもいい…価値の無い人間でしたか?」
男はひまりの質問の意図が分からず、青紫に染めた眉を寄せて「…だったら何だよ」と冷ややかな目を向ける。