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ALIVE【果物籠】

第9章 ホダシ


潑春は長いため息と共に、膝を広げたまましゃがみ込んだ。
とりあえずひまりが無事だったことへと安堵感で体の力が抜けたようだった。
「あー…殺してやりてぇ…」と呟く潑春に「それはダメ」だとまた笑った。
殺されそうになった訳じゃないし大丈夫だって。と笑う。

笑うのだ。余りにも自然に。

見栄を張って、大丈夫だと言っている筈なのに自然過ぎる笑顔に騙されそうになる。


は?

彼女の体を見ても、手首にすら抵抗したような痕が無い。
抗って、布団が乱れた様子もない。

…は?


恐怖で動けなかった?
それにしては落ち着きすぎている。
じゃあどうして?導き出される答えはひとつ。

夾は冷めやまぬ怒りも相まって、鋭い眼光のまましゃがむ紅葉の肩を押して彼女の目の前に片膝をついた。
キョトンと首を傾げるひまりに、喉の奥が引きちぎれそうになる。
怒りだった。涙が溢れ出てきそうなほどの。


「…ひまり、諦めたのか。受け入れたのか。あの状況を」

「お前っ何言って」

「黙ってろ!!!」


何の気遣いも無い夾の言葉に叱責を飛ばそうとした由希に怒声を浴びせる。
ビクッと肩を揺らしたひまりは、貼り付けた笑顔を崩しかけていた。

紅葉も由希と同意見かのように夾を睨みつけるが、チラリとそのやり取りに目を向けた潑春は何も言わない。


世の中には足掻いてもどうにもならないことがある。
価値のない人間はそれに食われ、飲み込まれていくしかない。
ひまりはあの瞬間に思ったのだ。
未来のない自分には、欠陥品として産まれた自分には抗う価値がないのだと。
あの男達に見定められた通り、自分という人間は無に等しい。


「諦めたっていうか…仕方ないっていうか…」

「…あ?」

「そんなに大したことじゃないよ。別にほら!死ぬ訳じゃないし、どうせ私なんかが」

「どうせ私なんか…だ?」


夾の声音は地を這うような低音だった。
ひまりの瞳が揺れる。刺されるような視線から目を離せない。


「ざけんなよ、お前…。卑下てんじゃねぇよ!?」


まるで"こんなこと"で傷付く価値もない人間だ、とでも言いたげにひまりは笑う。全てを押し殺して。

腹が立った。
泣きたくなった。

男相手なら、ふざけんなと一発殴っている。
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