第9章 ホダシ
いつの間にか意識を取り戻していた由希に蹴り倒された男も加わり、三対二で繰り広げられていた喧嘩…いや、喧嘩とはほぼ同格の力量を持った者同士がやり合う時に使われる言葉だ。
二人とはいえ、夾と潑春が余裕で圧倒している。
相手は予想通り完全なる素人だったらしく、夾と潑春に一発も食らわせることが出来ていない。
喧嘩ではない。ほぼリンチ状態だった。
「やめてっ!!!」
ひまりの叫び声に静寂が広がる。
動きを止めた夾と潑春は肩で息をしながら、興奮が冷めないままの鋭い目でひまりを見た。
殴打が止んだことに、やられっぱなしだった三人は逃げるなら今と足をもつれさせながら焦ったように部屋から出て行く。
夾と潑春が追いかけようとするのを、またひまりの静止させる声に歯噛みしながら足を止めたのだった。
逃してもらえた男達は部屋の外で立っていた紅葉を押し除けて、何度かつまづきながら暗闇の中に姿を消した。
夾と潑春は男達が出ていったドアの方を眺めながら未だに怒りに満ちた目で睨み付けている。
殴ったことで関節部分の皮が剥けた手を、痛みを逃すようにブラブラと振って再度ひまりに視線をやる。
恐怖にも苦痛にも歪まない、いつも通りの素の表情をしているひまりに夾は片目を細めた。
眠っている時に聞こえた潑春の怒声。
飛び起きて部屋を出たら一番奥のひまりの部屋のドアが開きっぱなしになっていた。
嫌な予感がした。寝起きとは思えぬほどの俊敏さで辿り着いた部屋の中の光景に一瞬で何があったのかを理解する。
潑春に殴られている見知らぬ男が三人。
由希に背中を支えられているひまりは胸の前で隠すように浴衣を交差させていたが、乱れたそれからは鎖骨と下着の一部が見えており、太腿までもが露わになっている。
プツン…と頭の中で切れた糸が合図だったかのように、男の胸ぐらを掴み全力で殴りつけていた。
ひまりは折り込んだ親指も一緒に拳を握りしめていた。
その様子に、どれ程怖かったんだろうかと考えると力加減など出来るはずもなかった。
それなのに彼女は今、何事もなかったかのような表情でこちらを見据えていた。
部屋に飛び込んできた紅葉が、ひまりの前でしゃがみ泣き出しそうな顔で彼女を見上げた。
「大丈夫、何もされてないよー」
そう言って笑ったのだ。