第9章 ホダシ
布団に潜り込んでから一時間程経った頃。
楽しかった出来事を思い返していたひまりはなかなか寝付くことが出来ず、やっとうとうとと微睡み始めていた。
コンコン
明日は何時に…起きるんだっけ…
コンコン
……?
控え目に響くノック音に上半身を起こす。
由希達の誰かか?と目を擦りながら、何の警戒もせずに解錠してドアを開けた。
「ごめんねー?寝てた?」
由希達の…誰のものでも無いその声で一気に覚醒する。
そこに立っていたのは自販機前でジュースを奢ってくれた男だった。
何の警戒もなく鍵を開けてしまった事に後悔しながら、いつでもドアを閉めれるようにと手を掛けておく。
「な、なんでしょうか?」
「怖がらせちゃったよね?ごめんごめん。これ、君のじゃないかなぁって思ってさぁ」
男が広げた手の中には、可愛らしいウサギのキーホルダーが持たれていた。
「自販機近くに落ちてたから、君の落とし物かなって思ったんだけど…」
あぁ、なんだそういうことか。
この男に対して僅かにでも警戒心が薄れていたから油断していた。
ドアに掛けていた手を離して「いえ、私のじゃないです。わざわざ来てくださったのにすみません」と頭まで下げてしまったのだ。
寝起きで頭が働かなかったと言うことを考慮したとしても、余りにも緩んでいた。
何故、一階で別れたこの男がひまりの部屋の場所を知っていたのか。
この男の他にも、数人ドアの外にいた事ぐらい影を見れば分かったのに。
よくよく考えれば気付けた筈のことばかりだ。
そこからは一瞬の出来事だった。
ニヤリと弧を描く男の口元を見たときには、ドアの死角に隠れていた男が二人流れ込んできて口の中にハンカチのような布を入れられて羽交い締めにされた。
変身はしなかった。
十二支以外の異性相手だと変身する時としない時がある。
ひまりだけのイレギュラーなルール。
そのイレギュラーなルールを今回呪った。
変身する事が出来れば、すぐにでも逃げ出す事ができたのに…と。
さっきまで安心して眠りにつこうとしていた布団の上に仰向けにされ、二人の男に両腕を押さえつけられ、タオルで拘束された。
そして自販機で会った男に腹の上に馬乗りになられている。
本当に一瞬の出来事だった。
また弧を描いた男の口元に悪寒が走った。