第9章 ホダシ
部屋に案内される途中にある娯楽室では、数人の男がわいわいと騒いでいた。
咥えタバコをしながら卓球を楽しんでいる姿と、下品な笑い方にひまりはウワァ…と顔を歪める。
その内の一人と目が合い、ギョッとして不自然に目を逸らした事にバツの悪さを感じつつ、前を歩く由希達の元へと急ぎ足でついていった。
案内された部屋は二階の10畳程の和室で真ん中に少し色褪せた大きな机がドンと置かれており、床の間には掛け軸が掛けられている。
奥の襖の向こうにある広縁には小さな机、そこに肘掛け椅子が二つ向かい合わせで座れるように置いてあった。
そこから見えるのはじゃじゃ降りの雨に霞む景色で、外を眺めながら寛ぐ…ということは出来なさそうだった。
これと同じ部屋を横並びで三つ取ってくれている。との事で部屋の鍵を二つ由希が預かった。
一つは既に夾が持っているのだろう。
お食事は18時頃にお持ちします。何かあれば遠慮なくお申し付け下さい。と頭を下げる老夫婦に軽く会釈をした。
いかにも、な雰囲気の部屋にひまりと紅葉は嬉々とした瞳で部屋の中を見回している。
ここが旅館で、二階の部屋であることを念頭に置いてるのか部屋の中を走り回るという非常識な行動は、何とか理性で抑えられたようだった。
「ボクはひまりと同じ部屋がいいー!!!」
「いや、ダメだよ」
間髪入れずに答えたのは由希。
ひまりの別に構わないけど、の言葉にパァっと紅葉が表情を明るくさせるが、すぐに「ダーメ」と潑春に阻止され上半身を前のめりにして肩を落とした。
「いや、ほんと私はいいけど…」
「だめ。ひまり…ちゃんと見て」
ひまりの背後に立った潑春が、背の低い彼女と目線を合わせるように肩に顎を乗せて紅葉に人差し指を向ける。
「ほら、身長、今じゃひまりより高いし、顔つきもだいぶ変わったと思わない?手も骨張ってきてるし…」
潑春の指先に合わせて下から上まで紅葉を見る。
確かに急激な成長を見せ始めている紅葉は、再会した頃に比べれば背も伸びたし顔つきも幼さがなくなってきている、が。
「うーん。そうかもしれないけど紅葉は紅葉だしなぁ」
「だよね!だから一緒にお風呂」
ひまりがどう言おうと、許すはずのない保護者二人は容赦無く彼の膝裏に蹴りを入れたのだった。