第9章 ホダシ
後悔はあるのに、やっぱりあの家族の幸せを心から願えない。
真っ黒な自分が消えてしまいたい程に嫌になっていく。
「ひまり、蓮の花…知ってる?」
穏やかに微笑む由希の口から出た言葉は、全く関係ないそれでひまりは困惑で眉を潜めつつ小さく頷く。
由希が話そうとしていることに全く検討はつかないが、細められた瞳から視線を外さず耳を傾けた。
「蓮ってね、泥水が必要なんだって。泥がなければ咲けないんだ」
由希はひまりの手を握る。
罵倒することも、軽蔑することもなくただギュッと優しい声音で話し続けた。
「蓮にあだ花なし。って言うんだけど、泥水から上がってきた蓮が咲き損なうことって無いんだよ。みんな必ず綺麗に咲く。…自分の汚い部分は…弱い部分は糧になるんだよ。いいんだよ、汚くても醜くても…ひまりならきっと、ちゃんとそれを糧に立ち上がれるから」
大丈夫。そう言ってひまりの頭を一度撫でてから少し震える手を引いて歩き始めた。
振り返らずに藉真の病室まで歩き続けたのは、瞳に浮かんだ涙を彼女が見られたくなさそうに袖で隠していたから。
「ひまり!ビョーインの中迷わなかった?女の子のオトーサンとオカーサン見つかった?」
「うん、お父さん見つかったよー…っていうか…」
駆け寄ってきた紅葉に答え、病室を見回す。
個室の部屋の中はポテトチップスやどら焼きやジュースが広げられており、まるで友人の部屋で開催されているお菓子パーティー状態だったことに物申そうと思ったが辞めた。
藉真は穏やかに笑っているが、これはきっと病院的には無しなのだろう。
邦光の表情がそれを物語っていた。
「師範お久しぶりです。体調どうですか?」
「大丈夫だよ。ひまりもわざわざ足を運ばせて悪かったね」
お菓子パーティーには触れずにひまりは藉真の元へと寄る。
手術と入院で心配していたが、いつも通りの穏やかな笑顔を見せてくれた姿に安堵した。
「騒がしくしてしまってすみません。体に触りませんか?」
「毎日静かだと気が滅入るからね。賑やかな方が私も楽しいよ」
藉真は嬉しそうだったが、その後余りの騒がしさに見回りに来た看護師さんにこっ酷く叱られ、邦光が頭を下げまくりパーティーはお開きとなったのだった。