第9章 ホダシ
これはどっちと捉えるべきか…。
ジェスチャーでは二歳。口頭では三歳。
ひまりはウーンと悩みつつ「三歳なんだ?」と声を掛けると満面の笑みで大きく頷いた。
「パパと二人で病院に来たの?」
「そう!菜々美とパパで来たの!おとーとに会いに来たの!」
おとーとはねぇ、こぉーんなにちっちゃいんだよ!と小さい手で表現した大きさは大福ほどの大きさで。
あまりの可愛らしさにひまりはフフッと微笑みながら「ちっちゃいねぇ」と菜々美の頭を撫でた。
「菜々美のパパはね、こぉーんなに大きくてカッコ良くて…」
一生懸命背筋を伸ばし、爪先を立て、短い手をプルプルと震わせながら大きさを表現する姿に頰を緩ませていると背後から慌てたような足音で息を切らす音が聞こえ振り返る。
「菜々美!!!」
「パパっ!!!」
菜々美はひまりの横をすり抜け、長身の男の元へと走って行きしがみついた。
それを受け止めて軽々と抱き上げた男は、心底安堵したように菜々美を抱き締め額にキスを送る。
戦慄が走った。
悪寒…と言うべきだろうか。
その男の姿に、声に、仕草に…。
虫唾が走るような感覚を覚えて体が硬直する。
「は……?」
吐息のように漏れたそれは声にはならなかった。
胃が痙攣しているようで、込み上げるものを出すまいと必死に喉を閉じる。
男はそんなひまりの様子を知る由もなく、深々と頭を下げて「ありがとうございます。ずっと娘を探していて…」と見目のいい笑顔で他人行儀な謝礼を口にした。
「お姉ちゃんがね、ギュッてしてくれて一緒にいてくれたんだよ!」
男の腕の中でキャッキャとおさげを揺らす菜々美の声すらも不快に思えて自己嫌悪に陥る。
なんで?なんで?
「あの…どこか具合でも?」
冷や汗をかくひまりに差し伸べようとした男の手を、無意識に振り払っていた。
その事に驚いたように菜々美と男は目を見開いている。
…ふざけないでよ。
この男の記憶が消えたことはない。
言われた言葉も、拒絶され続けた日々も全て覚えている。
別に恨んだことなんてなかった。
そうなっても仕方ないんだと心の何処かで諦めていたから。恨んでなどいなかった。けれど、なんだ?この状況は。
ひまりは男を鋭い瞳で見据える。
紛れもない実の父親の姿を。