第9章 ホダシ
「なんかひまり、オカーサンみたいね」
潑春にしがみついたまま紅葉が穏やかに笑う。
小さな背中を一定のリズムでポンポンと叩く姿が、まるで我が子をあやして寝かしつける母親のようだった。
「ねぇ、邦光。師範の病室って何号室?」
「東病棟三階の305号室だよ。エレベーターで上がってすぐのところにナースステーションがあるから分からなかったらそこで聞いておいで」
「お前が一緒に居なくても、病院の人間に預けた方がいいんじゃねぇの?」
気怠そうに待合いの椅子に腰掛けている夾の言葉に少女の顔がまた歪み始め、慌てたひまりが人差し指を口元に持っていき、夾は喋らないでとジェスチャーを送る。
「親が見つからなかったらそうするよ。…私を頼ってくれてるみたいだし、とりあえず一緒に探してみるよ。だから先に師範の病室行ってて?」
ひまりの言葉を聞いた少女はパァッと顔を明るくさせて「おりる」と腕の中で身動ぎし始める。
下ろしてやると、ひまりの手を取って「パパこっち行ったの」とグイグイと引っ張り始めた。
「俺も一緒に」
「いい!いい!!この子怖がるから私だけで大丈夫ぅうーー…」
由希がついて行こうとするが、片手を引っ張られながら角を曲がって姿を消したひまりの声が小さくなって消えた。
まぁ、ひまりに任せておけば大丈夫なんじゃない。と潑春が発した言葉を皮切りに、肩を竦めたりフフッと笑ったりしながら残されたメンバーは藉真の元へと向かったのであった。
「パパはこっちにいるの?」
少女に引かれて向かっているのは産科病棟。
他人が踏み入れてもいいのか分からないその場所に向かう事に、ひまりは困惑していた。
「菜々美ね、お姉ちゃんなの!ママ、赤ちゃん産んだの!パパと菜々美で赤ちゃん会いにきたの!」
「菜々美ちゃんって言うんだ。あ、だから産科…」
産科へと上がる階段を前に、先に情報収集が先決だと考え菜々美を立ち止まらせ、しゃがんで向き合う。
急に歩みを止められた菜々美は大きな瞳を目一杯開いてキョトンと首を傾げていた。
「ねぇ菜々美ちゃん。菜々美ちゃんは何歳なの?」
「えっとねー…」
小さな手で人差し指と中指を立ててから拳を作る。
誇らしげに立てた二本指を目の前に出し、言った言葉は「三歳!」だった。