第9章 ホダシ
小川の水で冷やした両手はまるで氷のようだった。
ひまりと紅葉は顔を見合わせ、意地の悪い顔で笑い合う。
「よし、作戦通りによろしくね紅葉!」
「オッケー!まっかせといて!!」
親指を立ててウィンクをした紅葉がドングリを二、三個拾い集め、由希と潑春の元へと走っていく。
見て!太っちょドングリ!と保護者二人の気を紅葉が集め始めたのを合図に、ひまりもゆっくりと近寄っていく。
足跡を鳴らさぬよう、気配を消しながら背後に回り込んだ。
「冷え冷え攻撃ぃいいっ!!」
「ひぃあっっっ!?!?」
背後から冷え切った手を、由希と潑春の服のなかに片手ずつ入れて背中に直に触れた。
氷のような手に一瞬で奪われる体温と、予想もしていなかった出来事で由希は今まで出したことのないような驚愕の声を上げ、全身を粟立たせながらひまりから飛び退いた。
その様子に悪戯が上手くいったと紅葉が腹を抱える一方で、ひまりは呆然としている。
同じく手を突っ込んだ筈の潑春は声を上げることも逃げることもせずに、顔を横に向けて肩越しにひまりを見下ろしていたからだ。
「え?あれ?冷たくないの?」
「…ん?冷たいけど…」
無表情で振り返り、ひまりの襟足に包み込むように手を添えて引き寄せる。もう片方の手は頬に置いて。
「これって、お誘い?セック」
「はーるー!!!」
蹴り飛ばされた。本日二度目だ。
蹴りを入れられた脇腹をさする潑春に、由希は腕を組みながら盛大にため息を吐いた。
「ハルのセクハラオヤジーっ!」
「あははは!春つよっ!あれで声あげないとか強者すぎるんだけどっ」
途端に紅葉とひまりは腹を抱えて笑い出す。
自然に囲まれたこの場所では二人の笑い声はよく響き渡っていた。
——— もしさ、ホントにひまりが壊れるような…壊されるような事になったら…俺、多分止めらんない
潑春はそう言いながらシロツメクサをジッと見つめていた。
——— 裏花言葉は…復讐
確かにそう言った。
聞き取れるギリギリの声量で、潑春は確かにそう言ったのだ。
もしもそうなった時、止めてほしいから言ったのか。
止めて欲しくないから言ったのか。
腹を抱えて笑う二人の頭をポンポンと撫でる潑春の真意を、由希には読み取ることが出来なかった。