第9章 ホダシ
師範ってよくひとりで旅行とか行くの?
結構田舎の方に行ってるんだよね?
今回の日帰り旅行に夾を誘う際に、ひまりは会話の延長線上で軽く聞いた。
ただの雑談だった筈が、左手首にある数珠に視線を落としながら「墓参り」と言う夾の言葉に、誰のお墓なのかを理解して顔を強張らせた。
「師匠の爺ちゃん…先代の猫憑きの墓参りに毎年行くんだよ」
草摩の墓には入れてもらえねーからな。猫憑きは。フッと歪ませて笑ったその顔は、馬鹿馬鹿しい草摩のルールを嗤ったのか、それとも自身の運命を嘲笑したのか。
幽閉されてそのまま年老い、亡くなり、死してもなお爪弾きにされる。それが猫憑きの…幽閉された者の運命。
ひまりの口元も不自然に歪んだ。
私が行き着く先だ…。
重苦しくなった空気を吹き飛ばすかのように「どんな所か見に行こう!」と明るく笑うひまりに、夾は更に顔を歪める。嫌味か?と。
不機嫌さを全面に醸し出す彼に、カラカラと笑いながら否定するように手を振った。
「あー!違う違う!多分私もそこに入ることになるだろうなーって。ほら、慊人にあんまりよく思われてないし、イレギュラーな存在だし?」
あ…。と夾は歪めていた顔の力を抜く。
コイツも幽閉だって言われてるんだ。幽閉の事は知らないフリをしているから言葉には出さない代わりにギュッと拳を握りしめた。
「大丈夫だろ…お前は。草摩の墓に入れるんじゃねーの」
「えー。何か草摩家のお墓ってギスギスしてそーじゃない?それより自然いっぱいな所で伸び伸びと過ごす方が楽しそうだし」
笑った。本当にその時を楽しみにしているかのようにひまりは笑った。
その笑顔を見て夾は目を柔らかく細める。
ひまりと一緒になれるなら、それも良いかもしれない。と少しだけ心の内が穏やかになった。
だが
「お前うるさそーだから入ってくんな」
「いやいや、ひっど!?煩いじゃなくて賑やかって言ってもらえる?」
頬をつねると同じようにつねられる。
お互いの顔が歪んでいるのを見て二人で吹き出した。
「墓の場所は知らねーから、土地の雰囲気しか分かんねーぞ」
頬から手を離して二、三度撫でてからぶっきら棒に彼女の提案を飲んでやる。
すると嬉しそうに歯を見せて大きく頷いた。