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ALIVE【果物籠】

第9章 ホダシ


「ごちそーさん」


手早く食器を積み重ねて洗い場に置いた夾は居間を出て行く。
階段を登る音ではなく、引き戸を開ける音がしたのでどうやらお風呂にでも入るつもりなのだろう。

拗ねた顔の夾を思い出し、ニヤけそうになる口元を引き締めて食事を再開した。
卵の黄身が少し溶け、器の中で揺らめく味噌汁に目を落とす。


師範…話したかったけど…いつ帰ってくるんだろう。


「…師範のこと、心配?」

「あー。うん、いつ頃帰ってくるのかなって…」


心の中が読まれたのかと驚きながらひまりが答えると、由希はうーんと視線を上に向けて考え始める。
盲腸で手術したんなら十日くらいじゃない?と食事を終えた紫呉の言葉に、そんなにかかるんだー…と肩を落とした。
ひまりの落ち込んだような様子に、最後のひと口の味噌汁を流し込んだ由希の大きな瞳が細くなる。
穏やかな瞳に覗き込まれたひまりは僅かに首を傾げた。


「今度の土曜日…師範の所にお見舞いに行かない?」

「え!行きたい!行こう!」


夾にも言わなきゃ!小さな唇が歯を見せて弧を描く。
由希はそれに笑顔を向けるだけの返事を返した。


「僕は予定があるからちょっと行けないなー」

「はじめから誘ってない」

「やぁだぁ!由希君つめたぁいっ」


間延びさせて高い声を出す紫呉に「気持ちが悪い」と鋭い目でピシャリと言い放つ。

鼻歌まじりで自分の食器と、紫呉と由希の食器を積み重ねてキッチンへと向かうひまりの背中に、ふと吐息だけの笑みを溢した。


「どーせなら二人で行こうって言えば良かったんじゃない?」


頬杖をついて、切れ長の目が意地悪く細められる。
一瞬視線を合わせて、あしらう様に肩を竦めさせてから洗い物を始めたひまりを手伝う為に立ち上がった。


「僕なら欲しいものは全力で手に入れますけどね?」

「…相手の意思は関係ないの?」

「ないね」


キッパリと言い放ったことに眉を潜めた。
そんなの最低だろ。小さく呟く由希に紫呉は続ける。


「だって由希君、納得出来ないんでしょ?その"意思"に」


言葉を返してこない事を肯定と捉え、僕なら納得出来ないのなら相手の意思なんて尊重してやんないね。と言葉を残して書斎へと姿を消した。
無理だろそんなの。声には出さず心の中で呟きながら奥歯を軋ませた。
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