第9章 ホダシ
彼女は兎に角、卵が好きだった。
料理の中に必ず卵料理が一品は存在する。
いや、二品、三品は平気で並ぶ日も多々ある。
そして何と言っても常人では考えつかないような奇抜さを発揮することも多いのだ。
おにぎりの中に玉子焼きを入れていたり、茹で卵入りハンバーグの上に目玉焼きを乗せる…など。
奇抜な献立にはだいぶ耐性がついている、と思っていたが流石に今日のこれは解せない。並べられた食事を前に夾は分かりやすく嫌悪感を露わにしていた。
「オイコラ、なんで味噌汁に茹で卵が浮かんでんだよ?」
「美味しいからですが?」
文句言わせねぇぞオーラ醸しだしているひまりは丁寧に手を合わせ、頂きますの言葉の後に味噌汁をすする。
紫呉と由希もそれに続いて手を合わせると、半熟の茹で卵が浮かぶ味噌汁を当たり前かのようにすすり始めた。
因みに今日のメインは鶏の照り焼き。
その上にも半熟の目玉焼きが堂々と居座っていた。
いやいや、待て待て。俺がおかしいのか?
平然と食事を続け、何なら雑談混じりで楽しそうに笑い合う三人に自分が異質なのかと疑ってしまう程。
いやしっかりしろ。と頭を軽く振ってから渋々食事を始めた。
文句を言っていたにも関わらず、鶏の照り焼きに乗る目玉焼きの黄身を箸で刺し、とろりと溢れ出るそれに自然と心が躍ってしまうのは、ひまりの卵教に洗脳され始めているからなのかもしれない。
納得はしていないだろうが、大人しくなった夾を横目に見てひまりはそういえば。と茶碗を置く。
お茶で咀嚼していたものを流し込み口を開いた。
「師範のとこ行ったんだよね?旅行楽しかったって?」
やはり藉真に母の事を尋ねようと思っていた。
旅行から帰ってきてるのなら…
「あ?会ってねーよ。…帰る途中で盲腸になって向こうで入院してんだと」
肩を竦める夾にひまりは目を剥いた。
紫呉と由希も手を止め「ええ?!」と驚きの声をあげる。
「え、師範、だ、大丈夫なの?」
「いけんだろ。今日邦光が付き添いとして向こう行ったしな」
さっきあれ程非難していた味噌汁に浮かぶ茹で卵に齧りつく夾は、少し拗ねたように口を尖らせていた。
本当は自分が藉真に付き添っていたかったのだろう。
だがそんな子どもじみた不機嫌さを隠すように、食事を一気にかき込んで飲み込んだ。