第9章 ホダシ
「あ…ひまり…」
一歩踏み出そうとした時に聞こえた自身の名に、ひまりは振り返る。
一瞬ハッとして、目も眉も歪めた表情になる燈路に心が痛んだ。
「燈路…あの謎解き…」
「遅いよ…もう…。今更もう…遅いから…」
下を向いて震える唇を噛み締め、白くなる程に握り締めた拳で、やっとの思いで出したような掠れた声。
あの鶴をくれた時にはまだ賭けは始まってなかった。
だから賭けが始まってしまう前にたくさん考えて、他の人にバレないようにメッセージを送ってくれていたんだろう。
バレてしまえば、その時点でひまりが即幽閉になることを考慮して。
気付くのが遅くてごめんね…。
でも…。でもね。
ひまりは白くなった小さな両手を手に取り包み込む。
顔を上げた燈路の瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。
「どんな障害があっても、何を言われても…私が意志を曲げる事は無かったよ…。いっぱい考えて…止めようとしてくれてありがとう」
「俺は…知らないから。何も知らない。何も…聞いてない」
まるで自分に言い聞かせるように言う燈路の手をギュッと握った。
ごめん。背負わせて。
要らぬ責任を感じさせてしまって。
きっとこの先、この事で燈路は苦しむだろう。
私に、はとりのような隠蔽能力があれば良かったのに…。
そしたら、今すぐにでも…。
「勝って…絶対…。何があっても…絶対に…」
涙で膜を張った瞳でひまりを見上げたその表情は縋るような物だった。
ごめん。ごめんね。
「大丈夫だよ!なんだかんだで良い感じだからっ!」
安心させてやるように笑顔で頭を撫でた。
無責任な…上っ面だけの言葉を吐く事しか出来なくてごめん。
記憶を消してあげられなくてごめん。
「…本当に?大丈夫な訳…?」
「大丈夫。ほら!燈路は何にも知らないんでしょ?気に病むことはなーんにも無いよ。…杞紗がね、心配してたよ。安心させてあげて」
ワシャワシャっと髪を乱すように撫でれば、顔を染めて「やめろよっ」と思春期の男の子らしく嫌がる燈路に、ふふっと笑みが溢れる。
大丈夫だよ燈路。
貴方が責任を感じぬように考えるから。
どうか苦しまないで。
自分を責めないで。
どうか燈路が、未来で苦しみを背負わないように…。