第9章 ホダシ
帰り支度をしてスクールバッグを背負う。
支度を待っていた夾が、立ち上がりクラスメイトに「じゃーな」等と挨拶を交わしながら歩く背をひまりが追いかける。
「夾は師範のとこ行くんだよね?」
「あぁ。師匠が小旅行から帰って来んのが今日だからな。顔見に行ってくるわ」
にしても、お前授業中に白目剥いてんじゃねーよ。思い出したように喉を鳴らす夾をジットリと睨みつける。
リアクションがオーバーにならないよう、最新の注意を払いながら。
「あの先生の話し声って、睡眠用BGMとして出したら売れそうだと思わない?」
「いや、俺別に眠くなンねーけど」
揶揄うように片目を半眼にする夾の足に、今度は蹴りをお見舞いする。
ヒョイっと飛んで避けられた事に苛立った素振りを見せて、口を尖らせた。
ありさや咲も眠くなるって言ってたし!他の子も眠くなるよねーって言ってたし!むしろ夾が少数派だからね!とグチグチと文句を垂らしながら。
門を出て少し進んだ先にある分かれ道。
藉真の所へ寄って帰ると言っていた夾に別れを告げて、その背中に手を振りながら見送る。
姿が見えなくなったのと同時に表情を強張らせ、弾かれたように全力で走り出した。
冷たい空気に痛くなる喉を労ってやるつもりなんて無い。
早く…早く燈路の所に…っ!
一秒でも早く燈路に会いたかった。
確かめたかった。
あの日…。
慊人に賭けの話を持ち出された日。
居たんだ。燈路は。
慊人の部屋の窓から見える…一枚だけを真っ赤に染めた、紅葉の木の下に。
——— ううん。これはね、ひまりお姉ちゃんから貰う少し前にね…燈路ちゃんがくれたの…
——— あの時期に…真っ赤な紅葉…珍しい
杞紗が持っていた栞に貼り付けられた真っ赤な紅葉。
杞紗の為に葉を拾いに来て…あの場に遭遇したんだ。
だから…だから…っ。
——— アンタさ…本当に…
賭けするつもりなの?
あの時、そう言いたかったんだよね?
きっと止めようと…してくれてたんだよね?
大きく肩で息をしながら立ち止まる。
見上げたのは草摩の大きな門。
ポケットに入れたノートの切れ端を取り出す。
"かけやめて"
導き出された答えが書かれた紙を握り締めた。
あの小さな背中に背負わせてしまったんだ。
ひまりはギッとキツく歯噛みした。