第9章 ホダシ
「これで、あいうえお覚えてママにお手紙かくのーっ!!」
「ふふっ。楽しみだなー」
前から手を繋いで歩いてきた親子に、あっ、と目を向ける。
この前の…雲を綿飴って言ってた子だ…。
女の子は片手に持った、玩具屋さんのロゴが入った袋をブンブンと振り回しながらニコニコと笑っていた。
仲睦まじい二人の姿にクスッと思わず笑みを溢す。
確か杞紗と燈路もあの子ぐらいの時に、平仮名覚えてお手紙書くの!と言ってくれていたことを思い出した。
——— 少し前からね…燈路ちゃん…何だかおかしくて…何だかツラそうで…。
燈路は…何に…苦しんでるんだろう。
明日…学校終わったら、尋ねてみようかな…。
キャッキャと笑う女の子の笑い声と、日が落ち顔を出す満月を背に足早に家路を歩き始めた。
「"帝、おりゐたまひて"のこの帝には"たまひ"を使って尊敬を…」
古文の授業の先生の声って、眠気を誘ってくるんだよなー…。
ひまりは頬杖をついて、閉じそうになる目蓋を必死に開けながらノートを書いていた。
時折白目を剥くひまりを、隣の席で見ている夾の堪えた笑いが聞こえてハッと目蓋を開き、夾を睨む…を何度か繰り返していた。
欠伸を噛み殺し、頭を振るがなかなか眠気は去ってはくれない。
よし。もう授業を聞くことは諦めて、この時間を寝ずにやり過ごす方法を考えよう。
また重くなる目蓋を必死にかっ開いて窓の外に視線を向けた。
真っ青な空に浮かぶ綿飴のような大きな雲。
そういえば、あの女の子平仮名の練習頑張ってるのかなー。
小さな女の子の可愛らしい笑顔を思い出し、自然と口端が上がる。
杞紗と燈路が小さい頃に、アンパンをモチーフにしたキャラの五十音表で一緒に勉強していた姿が脳裏に現れる。
ひまりが"きさ""ひろ"と紙に平仮名で書き、五十音表の中から文字を探す…というゲームをよくしていた。
勝手に閉じる目蓋の裏に杞紗と燈路の姿を映し出しながら夢の中へと落ちそうになったその時…。
ちょっと待って…。
五十音表…?
カッと目を開いた。
書きかけのノートの端に"たてわれへ"と書き、五十音表を頭に浮かべる。
右向き矢印が二つだから…
「か…」
表れた言葉に血の気が引いた。
冷や汗が流れたのと同時に授業が終わる鐘が鳴った。