第9章 ホダシ
「えっとそのー……。…すみません…」
この世の終わりかと思う程に肩を落とし、ランチバッグまでも落としそうになったのをひまりが受け止め、もう一度肩をポンポンと叩いた。
あまりの落ち込み具合に、悪い事をしてしまった気がしてひまりは眉尻を下げながら透の顔を覗き込む。
「私怒ってるとかじゃなくて、ビックリしただけだから」
「いえ…キチンと…説明せねばなりませんね…」
落としかけたランチバッグを干支の置物の横に置き、腹の前でギュッと手を組む。
「実は、修学旅行の時に…夾君が教えてくださったんです」
あぁ、あの時…。
ベンチに腰掛ける二人の姿。
染まる夾の頬。
「何故私にそんな事を教えてくださったのか分からなかったのですが、夾君は、草摩以外の人間が知ってる方がこの先、生きていきやすいだろうって…。あの時はあまり時間が無かったので、また詳しくは後日…と」
夾は"物の怪憑き"であるひまりの生き辛さを少しでも緩和しようとしてくれていた。
透の買い物に自らついて行くと言った時も、帰りに送ると言った時も。
「ひまりさんが二人目の鼠さんだと言うことも…お母様の事も少し。物の怪憑きの方達では…、夾君では手の届かない場所もあるだろうから。だから何かあったら、助けてあげてほしいと…仰っていました。ひまりさんのこと…とても大切に思ってらっしゃる…」
知らぬ間に涙が頬を伝っていたひまりを見て透がギョッとする。
何もかもひまりの為だった。
嬉しさと、彼の優しさと…息が詰まりそうな辛さに胸が締め付けられた。
手の届かない場所に、自ら向かうのだ。
嗚咽が漏れそうなのを必死に耐えた。
「す、すみません!こ、これは夾君から内緒と言われてましてっ…でも隠し事はダメですよねっ…すみません…っ、な、なんとお詫びを…」
「ううん」
胸いっぱいに空気を吸い込み、袖で涙を拭い首を横に振った。
「内緒にしててくれて良かった。話してくれて…良かった。ありがとう透君」
内緒にしててくれて…?透は首を傾げるがニッコリと笑顔だけを返す。
自分から夾に打ち明ける前に聞いてしまってたら、きっとパニックになって恐怖でいっぱいになって…。
だから、今聞けて良かった。とひまりは笑った。