第9章 ホダシ
透のランチバッグを胸に抱えて笑顔で手を振り走り去るひまりを、夾は顔の片側だけを歪ませて不機嫌さを表した表情で見送った。
待たされた上に、いらぬお荷物まで抱えさせられたのだ。
オマケにそのお荷物の扱い辛さと言ったら…いや、疲れるだけだから考えるのは止めよう。
「そんな顔しちゃ…イヤ…」
「その顔とそのテンションで言う台詞じゃねぇよ」
頬を突く潑春の指を払い落として半眼で睨みつけた。
これから募るであろう疲労に、肩を落として歩き始めると隣に並ぶ潑春。
それを無視して下駄箱へ向かい、靴を履く。
門を出て、スーパーの方面に向かっても変わらず隣を歩き続ける潑春に「マジでついてくる気かよ…」と呆れ半分に再度肩を落とした。
「俺…謝ろうと思って…こないだの…屋上でのこと…」
「あ?あー…いや、いいよ別に。俺も、悪かったし」
「うん、夾も悪い」
「オイコラ謝る気ねぇだろ」
青筋を立てて睨みつけるが、どこ吹く風と言わんばかりにいつもの緊張感のない顔でパーカーの紐を弄んでいる。
「最後に殴ったの…悪かったと思ってる。でも夾、ガードしないで吹っ飛ぶし…実はドMなのかなぁって…」
「やっぱ謝る気ねぇだろ。むしろ煽ってんのか今すぐ帰れ」
ガシガシと苛立ちを散らすように頭を掻く夾は、隣の足音が止んだ事に気付き振り返る。
数歩後ろで立ち止まる潑春は先程の緩んだ瞳から、真剣な眼差しへと変えて夾を見据えていた。
「言った事は…何ひとつ謝る気ない」
「……。俺も…お前に言いたかった」
一度視線を地面に向けて、潑春と同じ眼差しで視線を上げる。
「やっぱ無理だわ。誰かに…取られんの」
心臓に鉛でも埋められたようだった。
潑春は眉根を寄せて歯噛みして、まだ痛む左耳をギュッと握った。
「…何?じゃあ…本田さんの事は…何なの?」
「はぁ?だからなんでアイツが出てくんだよ」
「ここ最近…本田さんに入れ込んでたって…聞いたけど…」
「あ?……あー…」
バツが悪そうに頸に手を置いて、話し難いのかまた「あー…」と意味のない声をあげる夾に、潑春は目を細めて拳を握る。
もしも実は本田透の事も好きで…みたいなフザケた事を目の前の猫が言おうもんなら、一週間…。いや、二週間は口が開けられない程に殴り倒してやろうと考えていた。