第9章 ホダシ
ひまりが差し出してきた小指に、潑春は眉に入れていた力を少し緩める。
「どうやって?」
「私は前みたいに草摩家から逃げたりしない。絶対何処へも行かない。だから指切り!」
クスッと笑った潑春は小指を絡める。
嘘ついたら針千本のーますっ!
二人で歌って小指を離すとひまりは「だから安心して」と自身の小指を見せながらニッコリと笑った。
だが、その笑顔の裏で卑怯な言葉を並べた自分に嫌気が差していた。
"嘘の指切り"はしたくなかった。
「もう一個…約束して…」
「ん?なに?」
「俺と紅葉が…二十歳になったら一緒に酒飲も。先生ん家でドンチャン騒ぎ。そっから毎年開催すんの」
ひまりは笑顔を崩さなかった。
それいいね楽しそうっ!実は紅葉が一番強かったりして!とケラケラと笑う。
「ああ見えて…紅葉腹黒いから…酔ったら凄いこと…なりそう」
「えー!紅葉が毒吐くところとか見たくないんだけど!!」
二人で未来の約束に花咲かせながら笑い合った。
指切りはしなかった。
「耳、本当に大丈夫なの?」
後ろで手を組んで、またパーカーのフードを被りながら隣で歩く潑春を見上げる。
どーせならひまりに食いちぎられたかった。と真顔の潑春に盛大に吹き出し、そんな趣味は無いと背中をはたく。
「なんで、その…慊人に耳…そんなんにされたの?」
「うーん…」
——— ねぇ潑春?なんであの化け物と同じピアス…つけてるの?ねぇ、そんなに入れ込む女じゃないと思わない?
——— …なんで慊人知ってるの…?この…ピアスが一緒って…
——— やっぱり…やっぱり!!!由希と戯れてる時に見たんだよ!!どうして…どうしてみんなあの女にばっかり入れ込むんだよ!?どうせアイツは自分から望んでお前らから離れるんだよ!!裏切られるんだよッ!!!!
あの日の慊人とのやりとりに眉を潜める。
はとりから最近の慊人は情緒不安定だと聞いていたが、まさかピアスを引きちぎる程に過敏な状態だったことは予想外で痛みと共に驚きを隠しきれなかった。
「最近の慊人…不安定らしいから…。何かが逆鱗に触れたんじゃない?」
お揃いのピアスの事は言わなかった。
ひまりに気付かれるよりも先に慊人に気付かれたなんて、口が裂けても言いたくは無かった。