第9章 ホダシ
小指の爪先程の小さな銀色のそれが何か分からず、潑春の手の平をジッと見つめる。
記憶を探ってみるが、思い当たる物もなく「何これ?」と彼を見上げた。
「キャッチ…。ピアスの」
潑春の言葉にハッと一瞬息を吸い込んで眉がピクリと反射的に動く。
慊人との賭けが始まった日の…。
ソレが何かを理解した途端に暴れだす心臓。
潑春には服の袖に引っ掛けて…と誤魔化した物だ。
慊人の部屋に落ちてただなんて…。
自分の爪の甘さを憎む。
思考をフル回転させて言い訳を考える。
「誰かが落とした物じゃない?ほら、お手伝いさんとか…」
「俺、言わなかったっけ?」
抑揚の無い声音にひまりは続きの言葉を飲んだ。
見据える瞳が誤魔化しは聞かないと言っているようで、背筋に緊張感が走る。
「このキャッチは特殊だって。ネットで取り寄せた物。この辺りの店で手に入る物じゃない」
結んだままの口の中で歯噛みした。
思考を巡らせる。
大丈夫。この段階で慊人との賭けのことがバレる訳がない。
落ち着け…大丈夫。
「それに、慊人が言ってた…。ひまりは自ら望んで俺らの元から去るって…。…どういう意味?」
ドクンッと心臓が脈打った。
慊人は…煽って、匂わせて、私が口を滑らせるようにしているんだろうか…?
確かにそれなら慊人の願いは全て叶う。
賭けは無効になって、ペナルティとして私は今すぐに幽閉だ。
考えろ。
絶対に口を滑らせるな。
絶対に…。
「去る訳無いでしょ。慊人がどういう意図でそれを言ったのか分からないけど…。もう私、絶対に何処にも行かない。今、毎日が楽しくて本当に幸せだから」
息を吐くようにスラスラと出てくる嘘。
「ピアスの事も隠しててゴメン。でも服に引っ掛けたのはホント!その後に慊人の所に行ったから、慊人の部屋に落ちてたんだと思うんだけど…」
「慊人にされたんだろ?」
真意を確かめようとする潑春の瞳から目を逸らさなかった。
ひまりは嘘偽りなく話すように「違うよ」と言葉に芯を持たせて発する。
それでも納得のいかない表情を浮かべる潑春に、ニッコリと笑って「そうだっ!」とある提案を持ち掛けた。
「ピアスの事は過去に戻れないから証明出来ないけど、私が何処へも行かないって事はこれから証明出来るでしょ?」