第9章 ホダシ
ひまりの問いに、由希は頬杖をついてジッとその目を見つめた。
見透かされるような視線に、怯んだひまりは体を小さくして「え、な、何でしょう…?」と蚊の鳴くような声で呟く。
「なんか…今日帰ってきた時の様子が少し変な気がして」
夕方、夾と帰ってきたひまりは正直…"いつも通り"だった。
ただいまと笑う声も表情も、その後もずっといつもと同じ。
どちらかと言えば変な空気を出していたのは夾の方。
僅かに火照ったような顔を隠して直ぐに自室に篭ったのだ。
直感で"何かあったんだ"と察した。
これでひまりの態度がおかしければ、逆に自然だったのかもしれない。
いつも通りの態度に感じる"違和感"。
由希は確証のないそれにカマをかけてみたのだ。
「えー…いやぁ…うーん…」
どうせはぐらかされるだろう、と予測していた由希にとって悩むひまりの姿は予想外だった。
紡ぎ出される言葉、態度を見逃すまいと神経を集中させる。
「あのさー…私には…そのー…経験ないからわからないんだけどね?」
話し始めたひまりに耳を傾ける。
少しの緊張と共に。
「由希って…あのー…恋とか、したこと…ある?」
あぁ、コレはダメなやつだ。
顔には出さなかったが、僅かに染めた頬で問うひまりにそう思った。
だがもう、引き返せない。
「…あるよ」
話題を変えてしまいたいが、その術は思いつかない。
流れに身を任せるしかなかった。
「私のことじゃないんだけど!!!例えば…例えばね。恋した相手に…気持ち伝えるとしたら…。由希ならどんな時に伝える…のかなぁって…。それを伝えようって強く思う決め手とかってあるのかなぁって…」
照れたように笑う彼女の顔をまともに見る事が出来なかった。
視線を下に落として考える振りをする。
浮かんだ答えに、自分の性格の悪さを痛感した。
「…その人との…未来が見えた時…かな…」
遠回しに、諦めろと言ったような物だった。
幽閉の運命を背負う夾との未来は見えないだろ…と。
だが、正直な気持ちだった。
いつかは居なくなる相手を、追って欲しくない。
どうせ傷付くなら、深くならないうちに…。
「まぁ…そうだよねー」
眉尻を下げて笑うひまりに胸が痛んだが、そこだけは譲れなかった。