第9章 ホダシ
小さい頃の私は…過去の私は知ってるんだ
母親の温もりを。
だからこそ…蓋をした。心が壊れないように。
今になって閉じた箱から少しずつ顔を覗かせ始めたのは何故?
「なんで今になってこんなもの…愛されてたかもしれないなんて…そんなもの…いらなかった」
どんどん自分自身が卑屈になっていく。
物の怪憑きに産まれなければこんな運命背負わなくて良かった。
素直に恋をして、未来に希望を持って、きっとお母さんの記憶に蓋をする事もなくて。
不幸を呼んだりしない、疎まれる事もない。
真っ黒な未来に向かってただ歩くには…精神がもう、持ちそうにない。
弱すぎて嫌になる。本当に…。
「…けど、捨てらんねーンだろ」
涙で膜を張った瞳で夾を見上げる。
歪んだ景色の中で、何故か彼の姿だけはハッキリと見えていた。
「要らないけど捨てらんねー。愛されてたかったけど愛されてたくなかった。矛盾してるけど、それが今のお前の気持ちなんだろ」
ひまりの頬に伝った涙を服の袖で拭ってから彼女の手を、持たれている石と一緒に包み込む。
「今すぐケリつける必要ねぇんじゃねーの?辛くなったら今みたいに泣きゃいいし、ケリ付けれるまでコレ…俺が持っててやるから」
「けど…そんな負担…」
「背負わせろ。俺にも」
真剣な眼差しで見つめる夾に、ひまりは息を呑んだ。
受け入れて…くれるだろうか。
拒絶せずに"私"のことを。
雰囲気にのまれていた。
でも、今言わなきゃこの先…もう言うチャンスは訪れない気がして。
「わた、し…」
声が裏返る。
一線を越えることに、手が、喉が震える。
「私…物の怪憑き…だよ。鼠の…物の怪に…」
ずっと心に引っかかっていたことを伝えた。
バクバクと暴れる心臓で息が出来なくなりそうで。
拒絶しないで、と藁にもすがる思いだった。
夾はフッと穏やかに笑う。
「知ってる…。やっとお前の口から聞けた」
もう一度伝った涙を今度は親指で拭い、そのまま頬を包み込む。
安堵の感情がまたボロボロと流れ出す。
譲れない。やっぱりこの人だけは絶対に…。
夾がまたひまりを胸に引き寄せた。
「ねぇ…夾…の譲れない物って…なに?」
幽閉になんて、絶対させない。
「……お前」
どんなにもがき苦しむ事になっても。