第9章 ホダシ
涙が落ち着いても握り締めた服はそのままに、睫毛の一本一本まで見える程近い夾の顔を見上げた。
ひっでぇ顔。と困ったように笑った時の吐息が額にかかる。
何の反応も見せないひまりに、夾も彼女を見つめたまま沈黙が続く。
お互い縫い付けられたように、目が離せなかった。
息が止まって、熱を浴びたような瞳で、時計の針が時を刻むのを辞めたような感覚で。
ゆっくりと夾が顔を近付けていき、片手でひまりの頬を包み込もうと腕を上げる。
「痛ッッ」
ひまりの声に二人が現実に戻される。
求め合うようだった雰囲気に、ひまりは握ったままだった夾の服を離し、夾はいたたまれないように視線を逸らして頭を掻いた。
「…お前…その、何が痛かったんだよ」
「あ、その、えっと…これ…」
ひまりが夾から少し離れて持っていた石を見せた。
無意識のうちに握り締しめていたらしい。
「石…ギュッてしたら…痛くて…」
「…あっそ」
素っ気なく返事を返し、「帰ンぞ」と赤くなった顔を隠すように背を向けた。
歩き始めた大きな背を引き止めたくて思わず服の裾を掴むと、ピタッと振り返ることなく歩みを止める。
「これ…その…。ごめん、嘘ついた。ただの石じゃない…」
俯いて痛いほどに下唇を噛み締めた。
一度溢れ出た感情は厄介なことに暴走を辞めてはくれなくて。
言わないと心に決めた筈だった事を簡単に言葉にしてしまう。
この暴走を抑えれるほどの経験値も無ければ、まだ大人にもなりきれていなかった。
「私が…お母さんに…初めて送ったプレゼント…」
その言葉に目を見開いた夾が振り返る。
ひまりは先程までは隠していた日付が書いてある面を上にして手のひらに石を乗せていた。
「お前…思い出して…?」
「ううん。全部…思い出した訳じゃないの」
被りを振って俯いたまま視線だけを手のひらの石に向けて続けた。
「この日付ね…私が一歳のとき…。こんなただの石っころに日付まで書いて…置いてて…まるで愛されていた証みたいで…」
虚しさだけを残すコレを壊す事も出来ず、捨てる事も出来なくて。
知りたかった筈なのに…もう今は知る事が怖くて。
「私何したのかなって…愛されてたのに、産まなきゃ良かったなんて言われちゃうようなこと…したのかなって」