第9章 ホダシ
顔は笑っているのにボロボロと溢れた涙が頬を濡らしていく。
突然笑顔のまま涙を流し始めたひまりに、眉を潜めたままジッと見つめる夾。
縋り付こうとした感情は消したはずなのに。
手を伸ばそうとしたその手は引っ込めたのに。
止めどなく溢れる感情を消し去ろうと必死になって拭い続けた。
「ちょ、ごめんっ、なになにこれ!待って違うの!止めるから!」
自分の意思に反して止まらない涙に、戯けたように、何でも無いように笑いながら拳を作った両手の根元で何度も眉間を叩いた。
止まれ。辞めろ。縋るな。
目の前の夾は何も喋らなかった。
それがまた早く止めなければという焦燥感に駆られる。
勝手に圧を感じて、流れてきた鼻水をズッとすすったのと同時にひまりの後頭部を大きな手が包み込んで引き寄せられた。
眉間を叩いていた手がトン…と夾の胸に当たり、目を見開く。
一瞬驚きで止まった涙は、また感情と共に溢れ出していた。
「いいから。泣いても。気ィ済むまで、いるから」
そうだ。前もこう言って泣かせてくれた。
咎めることもなく、理由を問いただすでもなく、ただ泣かせてくれた。
どうして。
どうしてこんな運命を背負ってしまったんだろう。
「…くっ…ふう…っ…うぅ…」
抱き締めてもらうことも出来ないのに。
縋り付いても、好きになっても報われることはないのに。
感情を上手に枠にはめ込んで閉じ込めたはずなのに。
もうダメだ。
好きなんだ。どうしようもないくらいに…止まらない程に。
嗚咽を漏らして具現化された感情が、夾の服に染み渡っていく。
お願いこれ以上広がらないで、と彼の服を握りしめた。
どうか届かないで。この想い。
「……」
夾はひまりの髪をクシャッと撫でながら、意を決した眼をしていた。
抱き締めてやることも出来ない。
この先ずっと一緒にいることも…出来ない。
でも腕の中で縋り付くように、助けを求めるように服を握り締めて嗚咽を漏らすコイツを…
手離すなんて…他の誰かに、手の中にいるコイツを渡すなんて絶対耐えられない。
「…前言、撤回だな…」
ひまりの頭を撫でながら潑春との言い合いを思い出し、呟いた。
簡単に見限れる程、この感情は浅いものじゃないんだと改めて思い知った。